草分け中

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前職土木作業員の首相がいた?

 本ブログでは、時々不思議なことを書くがご容赦願いたい。

 

 子供の頃、応接間のソファで百科事典をよく読んでいた。

 その「平凡社 百科事典1973年版」ハ行をめくっているうちに「敷設」という箇所に目が止まった。シキセツとは読まない。変換して出てくる通りフセツと読む。ただし、人名だった…? (後に漢字も読み方も誤りと判明。後述)

 

 フセツとは、古代中国殷の宰相で、道路工事の作業員だったが、帝武丁に抜擢されて要職に就いたという。へぇー、そんな事があったんだ、程度の感想だった。

 

 その後、上京して深夜の都会で道路工事関係のアルバイトをすることがあり、慣れないうちは大変だったが、汗を流して働くうちにふとフセツを思い出すこともあった。

 

  大きな切削機の下腹で鋭い刃物が回転して古いアスファルトを削り出してゆく。10tダンプが入れ替わり来てはそれを運び出す。切削が終わると乳剤という名の紺色の液体を満遍なく撒いて新しいアスファルト、合材と呼ばれるものをフィニッシャーで均等に敷いてゆく。そして、これは見たことがあるだろう、ロードローラーで圧してゆく。工程自体はさほど複雑ではなく単純な方である。

 

 そんな作業現場のそばを深夜も都会の人々は急ぎ足で通り過ぎていく。そのうちの誰かが、道路工事の作業員の様子を見て足を止め、「君、首相にならないか?」なんて言う訳がない。どんな光景かまったく見当もつかない。もしかして作業監督でその指揮ぶりが良かったからか? いや、作業員とあった。真面目な働きぶり? いや、誰もが真面目にしないと怪我するし、現代だとローラーに接触したらえらいことになる。

 

 やがてそんなバイト生活も終わり、どこかで正社員になり、余暇には本を読む余裕もできた頃、ネットで敷設を調べたが何も出て来ず、いろいろ検索するうちに、正しくは傅説と書いてフエツと読む人だと分かった。平凡社は間違って敷設と書いてしまったのか? 百科事典なのに? それでも敷設の方が道路工事っぽくはある。

 

 この傅説が出てくる小説があることも知った。宮城谷昌光著「沈黙の王」。図書館で借りて読んでみた。ネタバレになるので多くは書かないが特に面白くはなかった。というのも、傅説はおしゃべりな若者で、工事現場にいる王が休憩中にやってきて知り合う話だからだ。作業員だったはずなのに。

 

 今春、Twitterで知った傑物の1人“まめ@史記人物大好きクリエイター”という人とやり取りするうちに、自分も史記を直接読んで傅説がどんな人だったか知ればいいことに気が付いた。こんな簡単なことに気付くのに40年もかかった。

 

 さて、平凡社「中国古典文学大系10 史記(上)」を手に取る。最初は三皇五帝で始まる。おなじみの伏羲と女媧の話、黄帝、堯舜、と続いて、夏(か)、次に殷となる。遺跡の発掘で殷の実在性はもはや疑いようがなく、夏以前はまだ本当にあったかどうか不明らしいが。

 

 この殷の中期31ページに傅説が出てくる。そのまま貼り付けたい。


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 要するに、帝武丁が夢で見た聖人の顔にそっくりだったこと、正確には似顔絵とそっくりだったこと、面接して合格となり、宰相になったとある。

 

 ふーん、そうだったのか。いや、待て待て。どうもおかしい。

 

 似顔絵をもって家来たちが真剣に歩き回り、山西省で見つけたなんて話、あり得るのか? そもそも当時紙はあったのか? 木か竹か亀甲に書いたにせよ、似顔絵という文化自体、甲骨文字の殷の時代にあったとは疑わしい。

 

 これは後の時代の誰かのエピソードとごっちゃになってはいないか?

 

 では本当のところは何か? 確かなのは、元土木作業員だった人が首相になってうまくいったこと、それだけである。

 

 そこに出来るだけあり得そうな肉付けをするなら、工事中の何かが良くて、国政へ参加したとしか考えられない。では何が良かったのか?

 

 それこそ現場感覚の政治なのではないか。机上の空理空論ではなく、地に足のついた現実的に有効な政治を行ったからこそ殷は繁栄したと。

 

 ただ、この史記には画像の通り土工としか書かれてなく、具体的に道路工事ではないかもしれなかった。GWに実家に帰ったとき、再度見直したいと思い書庫から百科事典の束を見つけ、ビニールひもを解いてハ行の1冊を取り出した。

 

 敷設を探したが、ない。

 

 シキセツなのかと思いサ行を開いてもない。

 

 いったい全体どういうことなのか・・・? 私はいつどこで何を見たのか・・・? まったく分からなくなってしまった。

 

  現代は様々な問題が解決せず、幾つか挙げるならマスクも少子化も国際摩擦も税制も停滞したままだが、もしこの記事を読んだ誰かが触発され、英断を下して前職の貴賤に関係なく本当に才能がある人を要職に抜擢し、現場感覚的に有効な策で次々と諸問題を打開していけば、この不思議な話も意味があったと言えるかもしれない。