賢者のつもり

主サイト(5素サイクル)に載せていない異説を中心に紹介します。

スライドギャラリー7 様々な対象があっても関わり方は同じパターン

 今回から3回ほど、今までのスライドを並べ替えて展示する。目の前にある対象には、いわゆる見た目である様相的側面、手応えである物体的側面の他、資産的側面と資材的側面、そして変動的側面と構造的側面など様々ある。これらの各側面に対する人間の関わり方は基本的に同じという話である。

 

 対象の六面性については、対象を構成する原子まで突き詰めると、原子核と電子との関係にまで思い至る。電子に波的な性質があるから目でとらえられ、電子があるから分子となって物体になり、また自由電子を考えれば資産や資材としても、そして構造と変動にもなる。
 

スライドギャラリー6 メタ社会学?の部屋

 哲学、経済学、の次は社会学。衣食住の住の世界である。実は筑摩書房から出ていた「命題コレクション」という本も、哲学・経済学・社会学の3冊に分かれて学者の学説を紹介していた。これらを読んでしばらく後、お墓参りの際に見た「三界万霊塔」という文字で急に衣食住の三界というインスピレーションを得た。着る、食べる、住む。哲学、経済学、社会学。言語、貨幣、利益。真理、利益、秩序。学校、銀行、役所。確かに3つの世界である。

 

 メタ経済学とメタ社会学という言葉は現状あまり聞かないものの、経済学や社会学の全体を高いところから俯瞰しているのなら、メタ哲学と同様にそう呼んで良いと思われる。

 
 

スライドギャラリー5 メタ経済学?の部屋

 今まで見てきた状態は、「衣食住」という言葉で言えば衣の世界に限ったものであり、食の世界や住の世界はまた別にまとめることができるのではないか?

 …ということで、今回は食の状態に関するスライドを展示する。

 

 

 この中で最も好きな箇所は3つめのスライド内にある「商品」と「道具」の対称性である。商品といえばマルクス経済学が重視して“労働も商品である”と言ったり、道具といえば通説では人間特有と言ったりしているが、両者を並列する学説は今までなかった。

 しかし、対象の二面性を衣の「様相/物体」に対する食の「資産/資材」として見直すと、対象の資産的側面を強化したものが商品であり、対象の資材的側面を強化したものが道具であることは明白である。

 あと、次々回に掲載するが、衣が哲学史を網羅したことと同様に、食は経済学、住は社会学を網羅している。したがって今回の表題をメタ哲学と並ぶメタ経済学の世界とした。

 

スライドギャラリー4 哲学史を簡潔に整理したスライド

 スライド6までを見てきた人に是非お勧めしたい今回の7つめ。今まで難解と思われていた哲学の歴史が、“え?結局こんなことだったの?”と驚くほど正体が分かりやすくしかも整って見えてくる。

 

 
 今ほど新しい発想が求められている時代はないが、その前に過去にどんな発想があったのか知っていなければ閃いても新しいとは言えない。過去の発想を知っておく上でも哲学史を整えて確認することは非常に役に立つ。哲学を超えたところから整理しているため、これもメタ哲学の1つになると思う。
 
  
 
 

スライドギャラリー3 斜めに傾いた回路図で状態を描写する部屋

 先日放映した「しくじり先生」では、カズレーザー先生が機動戦士ガンダムの当初の失敗を見事に説明していた。当時の子供たちがテレビで見慣れていた勧善懲悪もので単純に決め技で勝つロボットものとは違い、ガンダムはリアルな戦争模様や人間ドラマなどを描いたため、「期待していたものとは違う」とそっぽを向かれ、途中打ち切りになってしまった。しかし、このアニメが40年経った今でも愛され続けているのは、既存の成功例を追わなかったからであると。

 

 前回の続きでこれから展示する4つのスライドも、全く見慣れない形をしている。一見したところ回路図のようだが、それは微妙に斜めに傾き、他にどこにもないものであり、ガンダムと同様に難しく見え、皆さんがメタ哲学に期待していたものとは全然違う。そしてもう30年が経過した。

 

 このスライドで最も言いたいことを1つだけ挙げれば、タイトルの通り2つのプロセスがまるでシンメトリーのように同じ形で推移していることを発見したということである。もし私と同様にその発見に驚いて深く興味を持った人は、次のスライドも見てもらいたい。これは、プロセスをプロセスたらしめている機能について考えている。
 

 得意分野と苦手分野で態度が変わることを思い出せば、性格論なんて無意味であり、実際ユングの性格論も今やメジャーになっていない。ただ心理的な機能として考えれば非常に参考になるし、次はその機能がなぜ機能たり得るかという話になってくる。
 

 
 最後に、心機能(身機能)によるプロセスを進むのではなく、ある段階でとどまった時の状況や、ある段階にとどまらせようとする時の状況、その心機能(身機能)についてのスライドが来て今回は区切りとする。

 
 次回、いよいよ初回で予告していたメタ哲学が登場する。
 
 
 

スライドギャラリー2 思索は続くよ どこまでも

 このスライドは、作者麗巌が18歳の時の1989年8月頃の思索をまとめたものである。

 
 長い間、思索経緯自体を作品化することは実現不可能と思われたが、やれば一応できることは分かった。もし皆さんの中に、どこかに合格するための勉強ではなく、ただ純粋に疑問を解決する目的のためだけに多読して考える人がいるならば、このような方法で作品化して見せてもらいたい。
 

スライドギャラリー1 メタ哲学への道が始まる

1つの説だけに偏らず、多くの説を同列に並べて共通点を探したり相対化を図ったりする場合、高い所から俯瞰(ふかん)しているため哲学者になりかけている。このスライドはその一例である。

 

 

  まず気付いたのは、認識哲学的なプロセスと、実践哲学的なプロセスの2つがあるということ。

 

  次に、基礎的な段階と発展的な段階とに、つまり前半と後半があることに気付いた。

 

  すると、第7のスライドでは哲学史ギリシャ哲学、デカルトからカントまでの認識哲学、マキャベリからヘーゲルまでの行動哲学、キルケゴールからサルトルまでの実存哲学の全史を網羅することになる。

 

  だから上のスライドは、哲学を超えた哲学、いわゆるメタ哲学への道のスタート地点と言える。