賢者のつもり

主サイト(5素サイクル)に載せていない異説を中心に紹介します。

今こそ封印を解くべき時

【プロローグ】笑福亭鶴瓶が封印していた?

 

 “長い間、封印していた何かが出てくる”という話が幾つかある。古くはギリシャ神話の「パンドラの箱」が有名であり、最近では「ドラゴンボール」で炊飯器に長く閉じ込められていたピッコロ大魔王(魔人ブゥも玉に封印されていたが)や、「妖怪ウォッチ」で祠(ほこら)に何故かあったガチャガチャマシンのカプセルに190年間閉じ込められていたウィスパーが第1話で主人公のケータによって出てきたりする。村上春樹氏の「騎士団長殺し」にも主人公が住むことになった小田原の家の裏山の祠のそばの穴の封印を解く話が前半の山場になっている。

 

 先月放送されたスペシャルドラマで、敗戦後の日本を復興させた最大の立役者である吉田茂首相を笑福亭鶴瓶が演じることについては放映前に多くの視聴者が「何を演っても鶴瓶になる」と懸念した通りのミスマッチが起きた。吉田茂役といえばもはや伝説にもなった森繁久彌の好演という良き先例があるのに、なぜ鶴瓶を起用して周りの昭和天皇マッカーサーたちの頑張りを壊すような制作をしたのか? 2年前の大河ドラマ「せごどん」でも明治維新の立役者たる陰謀家の岩倉具視鶴瓶が演じて「岩倉に見えずいつもの鶴瓶にしか見えない」と散々の不評だったが、どうにも解せない、そこまでしてテレビ制作側が封印したいものが実はあるのではないか? と、思われた。

 

 岩倉具視吉田茂鶴瓶以上に演じられる本職の俳優はたくさんいるはずだが、そのキャスティングによって視聴者の中の誰かが大きな影響を受けて社会全体が今までの流れから大きく逸脱してしまうことでも恐れているのか? そう考えると、鶴瓶とはまさしく封印に使うお札かシールのような位置づけになる。 

 

【前編】江戸幕府が長く続いたのは封印が効いたから?

 

 豊臣秀吉徳川家康の2人が小田原城攻めの終わりが見えた頃に、ある眺めのよい所で立ち小便をしながら、関東平野を家康にくれてやると言った話は有名である。以後、家康は関東の大規模工事に着手するにあたって、その中心地を昔太田道灌も着目した江戸の地に定めた。更に京都の高僧、天海和尚が招かれて開発陣に加わり、持ち前の天文や易占の知識を駆使して首都づくりに貢献した。特に鬼門にあたる東北方面の方角に注意すべきとして上野に寛永寺を設置した。晩年には、御三家のうち東北にあたる水戸から将軍を迎えると幕府が滅ぶとの予言を残したが、300年続いた江戸幕府も第15代将軍の慶喜を水戸から迎えて本当に滅んでしまった。鬼門に建てられた寛永寺は江戸を守るための封印になっていたと思われるが、開城後に慶喜が一時謹慎させられた場所になったり、残党が立てこもるも天才大村益次郎の作戦により1日で決着がついて(諸藩の軍で包囲して激しく大砲で砲撃するも東北方面だけ開けて逃走させた)封印としての役割を完全に終えた。

 

 この東北方面に注意する話を更に広げて考えると、例えば室町幕府第15代将軍の足利義昭はどこから来たか? 京都にとって東北に位置する越前の朝倉家に匿われた後、岐阜の織田信長が奉じて入京した。朝倉家へも織田家へも義昭に付き従い積極的に提案実行した家来こそ今年の大河ドラマの主人公、明智光秀なのだが、前出の天海の謎の前半生について実は光秀だったのではないかという話もある。賛否あるものの、なぜ東北方面に徳川幕府は注意して決して将軍を出さないようにと主張した背景には先例を知っていたからと考えられる。

 

 他はどうだろうか? 平家を滅ぼした源義経は当時平家の都があった神戸からは東北にあたる鞍馬寺で牛若丸として幼少時を過ごし、後に金売り吉次の商隊に隠れて弁慶とともに東北の藤原秀衡のもとで青年時代を過ごした。  鎌倉時代室町時代の間には同じく東北の軍勢を率いて参戦した北畠顕家が、奈良時代平安時代の間にも東北のアテルイを倒して名をあげた初代征夷大将軍坂上田村麿がいた。奈良時代飛鳥時代の間に活躍した大海人皇子(後の天武天皇)にも関ヶ原にエビス勢が加わったことが勝利に関わった。そしてさらに遡れば、オオキミの家系が断絶しかけたのを遠い縁戚ということで越前の継体天皇が皇統を継いだ話もある。

 

 前編の最後は太平洋戦争の話になるが、日本にとって東の方角を延ばすと南米にあたり、鬼門にあたる東北方面が実はアメリカ合衆国だったりする。(世界の国々の方位より引用)

日本から見た世界の国々の方位

 

【後編】現代が封印していた何かとは?

 

 戦前、軍部に徹底的に弾圧された新興宗教大本教の教祖である出口王仁三郎は「艮(うしとら)の金神(こんじん)」を重視したが、彼の世直しのイメージとは大きく異なるものの、上記の流れでいけばそれは東北(艮)の方角にあるアメリカからやってきたマッカーサー率いるGHQによる一連の占領政策だと思われる。憲法をはじめ、教育や経済、農地、公職追放など多方面で日本の世直しが行われた。

 

 そして、日本は二度と戦争を起こしてはいけないとの趣旨から軍隊は解体して天皇は象徴に過ぎなくなり、憲法を強く護持するようになった。戦争に至った経緯は実はもっといろいろあり、列強による包囲網や物資差し止め、日清日露に勝った日本への恐れ、東アジア情勢やソ連誕生なども視野に入れて考えなければならないはずだが、とにかく単純化されて戦後の日本は経済大国一筋、つまり商人的な生き方のみが肯定された。

 

 昭和の深夜は、艮(うしみつどき)に入る少し前の時間帯だが、「11PM」という番組が盛り上がった。作家の藤本義一氏がメインで、バニーガールが目立つ何でもありな路線だった。さすがにエロ関係など世のPTAから非難されて昭和が終わるとともに番組も終了したが、その後を継いだのが上岡龍太郎の司会による「EXテレビ」だった。

 

 この番組も何でもありなところはあるものの、特徴的だったのは関西では大物だが関東では知名度が低かった上岡の独壇場になったことだった。関西人といえば吉本新喜劇アホの坂田のイメージしかなかったはずが、この上岡は上方の古典教養に通じた高い知性を惜しげもなく早口で披露し、政治批判や社会のタブーにも鋭く切り込んでいった。しかも東京の制作スタッフによる台本には決して乗らない。台本なしで即興で生番組に挑んで視聴者を得る。誰にも出来る芸当ではない。

 

 いや、できる芸人がもう1人いた。それが笑福亭鶴瓶である。人気が上がった上岡は次に鶴瓶とタッグを組んで「パペポTV」を始めた。これもぶっつけ本番で、悪く言えば観客に失礼なただのお喋りだが、それでも笑いをとり、放送を毎週楽しみにする視聴者も多かった。鶴瓶知名度は上岡によって上がり、以後も鶴瓶はぶっつけ本番の方式でオセロの松嶋と組んだり旅ブラ番組を成功させていった。

 

 逆に上岡龍太郎の方はまだ全然元気だったはずだが、突然引退を宣言し、テレビにはまったく出なくなった。大阪で好きなゴルフでもしてのんびりと過ごしたと聞く。横山ノックの葬式の際に一度話題になったぐらいで、引退への決意は相当のものだったと思う。ではなぜ引退したのか? それは誰にも分からない。

 

 ただ今回の話で冒頭に鶴瓶が何を封印したのかという回答に上岡龍太郎が含まれることは確かである。上岡のような高い教養の持ち主が制約なしに暴れて目立つことは、お歴々にとってはコントロールできないし、視聴者がどう影響されるか分からない。昭和から平成に変わった後に政権交代が起きたが、ニュースステーション(これも生放送)司会の久米宏も目立ち過ぎて槍玉に上がった。鶴瓶のような場を和ませるタイプを上岡と同じ場所に出演させ、上岡の持ち味である毒が徐々に薬に、いや何でも無い粉に変わっていき、最後は自ら去っていったのではないだろうか?

 

 この鶴瓶特有の解毒作用を知ったテレビ制作陣が、毒まみれの陰謀家である岩倉具視GHQにとって毒舌を吐きまくった吉田茂に当てたのではないだろうか? と考えられた。

 

 しかし現代は昔と違い問題だらけである。悪化する経済や地震台風による被害、錆びれる工場地帯や地方のシャッター街、非婚少子化、小粒となった政治家たちに加え最近の疫病騒ぎ。これらに必要な薬は粉には無理だ。もちろん毒そのものは良くないが、健康時に服用してはならず、病気や怪我の時に服用すべき薬こそ現代は求めており、それが例えば岩倉具視吉田茂だったりするのに、まだ笑福亭鶴瓶を使ったりするからそのセンスが良くないのである。まだ薬箱にしまったままにしておきたいのか? それだけ現代をまだ問題視していないのか? 自分たちの立場の維持にこだわっているのか?

 

【エピローグ】

 

 高い教養は本来非常に役立つものだが、現代それはクイズ番組や会話の中だけにおさめられ、問題解決の際は決められたマニュアル通りの方法のみ求められている。誰も知らない方法で成果を上げるとすぐに公開を求められ誰でもできるようにしようとする。しかし、実際の現場は通り一遍のマニュアルで何でも解決するものではなく、解決意欲がパフォーマンスではなく本当にある者が積極的に情報をインプットし、必死で考え、ぶっつけ本番さながら踏み出すところに真実がある。その良き先例の1つが上岡龍太郎である。笑福亭鶴瓶には岩倉や吉田のことをよく知って考えた上で演じる姿勢に甚だしく欠け、オーダーを受けること自体が間違っているのだが、たぶん何もかも承知の上で引き受けているから腹が立つ。確信犯で封印しているのだ。

 

 今度の時代がもし良くなっていく場合、おそらく今までのような東北的な方角は関係ない。鞍馬寺や越前、寛永寺などの話はアメリカで終わった。それは封印していたはずの状態に気付き、その状態を選択することによって変わると思う。どんな状態か? 現代人が封印していた見たくもない鼻につく高い教養、臆病な自分が恥ずかしくなるほどの勇気、和ませることが決して最優先ではない危なっかしい感覚、いつまでも封印していれば、「失われた〇年」は100年にもなるだろう。