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竹田恒和氏の退任は東京30年周期説通りだった

このブログの第1回は松山厳氏の東京30年周期説の紹介だった。明治から何故か30年周期で変わる東京の話の最後に、これまた何故か30年ごとに起きる疑獄事件の話で締め括られたが、先日の竹田恒和氏の収賄疑惑によるJOC会長退任事件も今気付いたがこの法則通りだった。フランスによるゴーン逮捕の報復ではとも言われたように、法則を意識したものではなく偶然の話である。以下、第1回からの抜粋。

 

〉2016-02-08東京30年周期説
 
三省堂「コンサイス20世紀思想事典」1989年4月刊行 608頁より

・慶応4年(1868)7月、維新政府は江戸を西の京に対する東の都という意味で東京と名称を変えた。
・旧江戸市民が騒乱を恐れて減った代わりに官僚と軍人ばかりが目立つ街であった。

・東京が江戸の街並みから帝都へと姿を変えるのは、明治21年(1888)に布告された市制町村制の事業が少しずつ現実化しはじめた明治30年代(1900年代)に入ってからであろう。
・道路だけでなく上下水道日比谷公園、墓地などが設けられていく。

・興味深いことに東京は、これ以降もおよそ30年ほどの間隔で大きな変化を遂げている。

 

・1900年代をその最初の変化とすれば、2回目は30年代、関東大震災による壊滅と復興である。この時期に環状線である山手線が全通し、地下鉄も開通してその後の東京の骨格はほぼできあがる。

 

・3回目は60年前後、戦後の復興と東京オリンピックのために、川を埋め立て高速道路を敷設するなどの大改造がなされた。その結果、東京の近県はいずれもベッドタウン化して行政単位ではとらえられず、東京圏と呼ぶほど膨張することになる。

 

・4回目は80年代後半に起きたビル・ブームと東京湾埋め立て計画で、都心の夜間人口の減少とオフィスビル需要にこたえての都心再開発の動きである。

 

・加えて面白いのは、いずれの変化の際にも東京論ブームと疑獄事件が起きていることであろう。急激な変化に対応するため東京の新名所や穴場をガイドする本が刊行され、その一方で巨大なプロジェクトの裏で金が飛び交うことが日常化したのである。

 

・1900年前後には水道管や市電の設置をめぐり、30年頃にはバスや魚市場の権利をめぐり贈収賄事件があり、多数の議員が逮捕されている。

 

・80年代後半の底地買いや地上げ騒ぎも、汚職が新しい姿で表面化した動きと見えなくもないのである。(松山巌

 

この説が発表された時からちょうど30年後の2020年は東京オリンピックでまさに法則通り。その開発に伴う疑獄事件が起きるかと第1回ブログでは推測したが、オリンピック招致に伴う収賄疑惑による会長退任騒ぎだった。