18歳から68歳までの50年の間に、国民の1人1人に必ず1回50万円がもらえる制度を考えてみた。(大金ではないが財政の問題もあるので)
通称「5050」。
いつもらえるかは、国家のスーパーコンピューターに決められており、国民には分からないし、公表もされない。
具体的には、出生届を役所がPCに入力すると、全国から受信する国家のスーパーコンピューターが順番に記憶する。鳥取県の米子市の赤子が18歳時、次に岩手の赤子が19歳時というように。だから日本人には必ずもらえる。
この制度のメリットは多い。まだもらってない人には楽しみができる。もらえば旅行や買い物で経済が回転する。国民総背番号が浸透する。結婚すれば2回もらえる。子供ができればさらにもらえる。少子化対策になる。生きていれば楽しみもある1つになるので自殺防止にもなり、なんとか頑張れる。ずっともらえなくても68歳まで健康に気をつけるようになる。
(追加)
と、今朝書いたが、よく考えたら大金持ちにとっては50万円など少額過ぎる。かといって富裕層を除く基準を設けるのも趣旨に沿わない。まあ、慈善家は寄付に回すし、高齢者の中には孫にあげる人もいるだろう。
この制度を考えた背景はおそらく前回の記事がもとになっている。ドラマの感想を書くつもりがいつの間にか宗教批判になってしまった。信者たちが集まっては「なぜ縮小衰退するのか」「なぜ神父のなり手がいないのか」をテーマに何回話し合ってもつまらないし答えは誰もが分かっている。総本山のバチカンが変わらなければ、いや変わらないし、変われば存在意義がなくなる。
つまり宗教上の神にご利益を期待しづらくなっている。そんな状況下で、どうやって希望を持たせられるのか、その回答例を考えてみたわけだ。