賢者のつもり

主サイト(ツインサイバーシステム)に載せていない異説を中心に紹介します。

サイバネティックスのダイナミックなアレンジ(前編)

スライドシェアに音声を付けられるというサイトを見たので作成しようとしたが、終日悪戦苦闘した結果、どうもそういうサービスはないと分かった。

 

それでも幾つかアプリを当たって、いちおう理想に近い形ができたので実験的にアップし、URLを貼り付けておく。まずスライドの上の音声ファイルを再生し、それからページに合わせて見てください。

 

Fast Uploader - 無料アップローダー

 

 

 

音声ファイルは1ヶ月で切れるサービス。万が一好評ならば再度アップ予定。

後編は現在作成中。

 

 

 

 

五段活用の人文公式(案)

事案が発生した時の処置をどう判断するか?   久々に人文公式を考えてみた。

 

・事案とは、日大アメフト部の暴行やハリルホジッチ監督解任、財務次官のセクハラやTOKIO山口メンバー日馬富士などを思い出すと分かりやすい。

 

・人文公式とは、メインサイト「ツインサイバーシステム」や本ブログに時々出てくる、文科系の普遍法則を公式化したもの。

 

  さて、発生してしまった事案を「U」で表記する。五段活用でいう終止形だからで、事案が連続して発生すると「U1+U2」と「足し算」になる。

 

  次に、事案が発生しても情状酌量の余地があったり、普段から真面目な態度だったり、たまたま些細だったりすると、「引き算」になる。記号はUに否定的な未然形の「A」で表す。普段から不真面目で情状酌量の余地がまったく無ければ「A=0」だが、広島で捕まった受刑者は逃亡理由が人間関係だったり刑務所に塀がなかったことから「A≠0」という声もある。

 

  そして、効果を増幅させるものを「掛け算」で表す。例えば公開予定の映画「ノミとり侍」では、主演の阿部寛演じる侍が藩主を怒らせるミスをして猫のノミとり番に左遷されるが、対藩主でなければそこまでにならない。掛け算に用いる記号は連用形の「I(アイ)」。すでに発生済みの終止形Uではなく、現在掛け算していく役職効果や感情、大衆の世論、個人のトラウマ、ツボなど。

 

  以上、足し算や引き算、掛け算などで事案をどう処置するかの命令形「O(オー)」が決められていくが、最後に「もしこれが~だったら」という仮定形「E」で「割り算」を行って決定する。処置決定担当者に「O(オー)=・・・」をどうすべきか出す場合、「もし相手がスポーツ選手でなければケガどころでは済まなかった」と仮定すれば、重大性に影響する。よって、右へんの割り算(分母)は左へんの掛け算(分子)にもなる。

 

  実際には紙に書いたり計算したりするのは難しいが、正しい判断を行う上で、安易に前例を踏襲したりせず、かといって常識からあまりに外れた相撲協会や日大監督のように世論が沸騰したり、韓国のように情緒が全てに勝ったりしてはならず、大岡越前は何をもって評価が高かったかを考えれば、上記5つをよく押さえてバランスが良かったからと思われる。

 

 

 

  

 

相撲、サッカー、アメフト、スポーツ界の拙い事故処理が目立つ

  今年は日本スポーツ界の不祥事が特に目立つ。

 

 まず相撲では、鳥取の酒席で横綱日馬富士が貴乃岩を暴行した案件。最初は疑惑として報道され、相撲協会横綱を守るため否定しようとするも貴乃花が警察へ届け出る姿勢を見せたため日馬富士の引退となった。その後、貴乃花部屋の力士が取り組み後に付き人へ暴行した事案も続いた。

 

  次にサッカーだが、ワールドカップ予選をなんとか勝ち抜いたところで突然のハリルホジッチ監督解任。後任はより優秀な外国人監督でもなく、コーチだった西野監督を据えるという安直さ。協会が明確な説明を公開しないため相撲同様に世間が大騒ぎした。現在、ハリルホジッチ監督は日本サッカー協会に謝罪と慰謝料1円を要求。恐らく協会がスポンサーや本田、香川などの言いなりになったと噂されている。

 

  そして大学アメフトの事故処理も拙い。日大側の選手の悪質タックルが何度も繰り返し放映され、世間のほとんどが知るところとなったのに、日大No.2の地位にもいるこの監督は決してオモテに出ず、ますます世論がヒートアップしている。早い段階で関学に謝罪するべきだったが、今行っても無意味となる。

 

  以上、共通しているところとしては、

 

・スポーツであること。よって世間の体育会系へのイメージが若干崩れた。

・国内でも高い位置にある。地位を守ろうとしたが裏腹に落ちた。

・初動がまずかった。世論が沸騰することへの見通しが甘かった。

・責任をとって幹部が辞任していない。むしろ静まるのを待っている。

・日馬も本田も悪質タックルも選手への管理監督が徹底できてなく野放図。

・3スポーツとも全体のレベルが低下して昔より人気がなくなっている。

 

  等が挙げられる。もっと他の見方からもたくさん出てくるとは思うが、整理すると、かつては人気スポーツだった相撲、サッカー、アメフトとも陰りが出てきている中、協会も選手もフラストレーションが溜まり、協会は高給取りばかりが威張るだけ、選手も勝手な行動をしがちになる。

 

  そして大きな事案が発生するも、普段から健全でないため常識的な判断ができず、複雑な要因が絡み合っていると思い迅速な初動に移れない。そこへ敵対派閥やマスコミが騒ぎ立て、世論が沸騰する。

 

  ただし、こうやって騒ぎになるだけまだかろうじて自浄作用が残っているとも言える。大手スポーツでなければ悪行が横行しても世論は知らず、やがて潰れる。

 

  このままでは相撲やサッカーへ進む子供は減るだろう。日大アメフトも150人の部員のうち100人が反乱を起こして退部するという記事もあった。以前から優秀な人材が辞めたり辞めさせられたりした延長上にこれらもある。まずはリーダーを本当に人徳ある今までとは真逆な人物に代えて、腐った幹部や選手をパージして、人事面や制度面など全体的な改革を抜本的に打つことしかない。

 

 

 

  あ、財務省や芸能事務所もあったか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

信長の田舎臭さこそ本能寺の遠因

  再来年の大河ドラマ明智光秀に決まって以来、信長役は誰になるのか、本能寺の変をどう描くのか、気になって仕様がなくなっている。

 

  いろいろな関連記事を読んでいくと、やはり最も妥当な考え方としては光秀の背後には誰も黒幕はいなかったようである。朝廷だという証拠も秀吉や家康だという証拠もなく、面白いから黒幕説をこじつけているものが多い。

 

  本能寺襲撃後に光秀が書いた手紙の中に「信長父子のような悪逆非道の者」という言葉があることから、光秀個人の正義というのが動機だといい、私もそう思う。

 

  確か甲斐の武田氏を滅ぼした時の祝賀会で、光秀が「我らが骨を折った甲斐がありました」と言った途端に信長が激怒して、「お前がいつ骨を折った!」と立ち上がり、光秀の頭を欄干に何度も打ち付けたという有名なエピソードがあった。通釈では、光秀に何の悪気もなくただ信長が自己中心的なので激怒した、と言われている。

 

  しかし、これほど激怒したということは、周囲にはわからない、信長と光秀にしかわからない、光秀から信長への痛烈な批判が込められていたのではなかろうか?  あえて現代企業社会に例えて分かりやすくしてみると、次のようになる。

 

  父織田信秀社長の息子とはいえ元はチンピラだった信長は、旧習にうるさい林通勝重役や佐久間信盛常務らよりも若手の抜擢や中途採用で一大勢力をつくり、商業地域ゆえに隣国の三河よりも弱兵と言われた尾張兵を強化するべく鉄砲を大量に作らせ、馬防柵で補強し、戦に勝っていった。そこに光秀をはじめ多くの知恵や工夫が介在したことは事実だが、信長は偉くなっていくとともに次第に中小企業時代のように直接誉めなくなってきていた。

 

  おそらく、光秀の「我らが骨を折った甲斐があった」という言葉の前に、(あなたは現場から遠ざかってあまりよく知らないでしょうからあえて言いますけれども)、そして、(我々はあなたと違って現場をよく知っておりますが)、(尾張出身の割りには不相応な高さまで上がったようですが)、(名門土岐氏の出で智略優秀な私はまだ一武将に過ぎませんが)等という心の声の前置きがあり、信長にだけはそれが大きく胸に聞こえてきたのである。

 

  武田が滅んで、これからもあなたはますます偉くなるでしょう。そしてますます現場が見えなくなるでしょう、と。

 

  しかし、信長からしてみれば失礼にもほどがあり、こうして甲斐まで自ら出向いていることが何よりの証拠で、決して現場を知らないわけではない、そんな事を言う光秀こそ何様のつもりだ、名門の出で京の因習に詳しいなら現場知らずの公家のような立場になりたいのか!

 

  大企業化していく中で、光秀は信長に大企業社長の役割が向いているとはどうしても思えなくなってきた。この見方を裏付ける、エピソードをもう1つ紹介する。

 

  京都のとある一流料理人に信長が料理を作らせて食べたところ、「こんな水くさいものが食べられるか!」と激怒して斬ろうとしたため、「もう一度だけチャンスをください」と言って再度作って出したところ、合格点をもらえたという。後で洩れた話によると、尾張出身の信長の舌に合わせて田舎風の濃い味付けにしたのだとか。

 

  光秀的にはそれでは日本一の大企業の感覚とは言えない。田舎色に国中が染まってしまう。そして6月2日、無防備なまま信長と信忠父子が京に滞在していることから、意を決して襲撃した。と、思う。

 

 

  

人気漫画「ドラゴンボール」と昔話「屁こきよめ」が似ている

 「あなたは特に龍の飾りを身に着けると良い」と言われ、いや持ってますけど、とカバンにつけている水晶球をガッチリと掴んだ龍を見せると驚かれた。

 

 「それをいつ買ったのか? あなたにかなり作用しているよ!」

 

 昼は思い出せなかったが、夜中いま思い出した。去年の今頃、ちょうど1年前のことだった。招き猫のような効果のあるグッズがないか、ある店で尋ねると龍が良いと勧められた。龍ならたくさんあるが、特に惹かれたのでこれを選んだ。

 

 招き猫は何でも招くが、龍は特に良いものを引き入れ、悪いものを入れないという。ならばと買ってつけた。紐の色もカバンに合っていた。そして、次第に効果が現れてきた。

 

 調べたところ、竜は西洋風のトカゲのようなものだが、東洋で好まれている龍は竜とは違い、実在するエネルギーのようなものだという。

 

 長い身体で勢いよく螺旋状に突き進むが、蛇と違い手足があり、その手は威嚇したり水晶球を掴んだりでき、さらに顔も正直言ってハンサムである。角や髭、たてがみ、盛り上がった瞼と鋭い目、鋭い歯、鼻も目立つ。

 

 龍顔という言葉もあるが、おそらく龍のエネルギーが満ちて顔つきに現れているのだろう。だから、猫顔や狐顔、蛇顔、猪顔、馬面などと同様、龍も実在している1つと思う。動物としてではなく、波動として。

 

 その波動的存在の龍が、良い人材が来るとたちまち巻き込んで引き入れ、悪い人材が来ると尾で弾くかのように遠くへ飛ばしていたのだろう。それがこの1年だった。

 

 やがて、以前からいる内部の悪い何名かが気になった。いったいいつまでいるのだろうと思い始めた。その思いが大きくなった。龍の波動は相変わらず活きて動き回っている。するとどうなるか?

 

 余談だが、漫画ドラゴンボールの龍は球に関連するだけではない。この考えでいくと、大技かめはめ波も、体内の気をいったん両手の間に集め、すると、龍のエネルギーが渦を巻くかのように生き生きと回る。その上で一方向にあたかも龍の口のような形で向けると、龍エネルギーが勢いよく放出されるのだ。

 

 日本昔話に「屁こきよめ」という有名な話があるが、あれもかめはめ波と同じものと考えてよい。臀部に龍エネルギーが集められて、屁という形ながら龍の波動がドカーンと放出され、岸からこいたのに川の中央の浅瀬に引っかかった小舟を流して助けたり、梨の実を全て木から落としたり、屁で夫を遠くへ飛ばして帰宅を早めたりする。この描写は後に鳥山明が知らず知らず影響を受け、Dr.スランプのアラレのめちゃんこパワーに表現された。少年時代に屁こきよめを読み聞かされたのは間違いない。そもそも日本人に馴染みやすい描写だったのだ。

 

 また、龍だからこそだが、全て善行であり、ハッピーエンドに終わっている。

 

 では、屁こきよめがもし地面に向けて屁をこいたらどうなるか? 自分が空中に飛ぶだろう。ドラゴンボールでも孫悟空かめはめ波を噴射させて離脱する場面があった。個人的には不思議に印象に残っているが、それが脱出なのかもしれない。

 

 ガンダムの最終話のタイトルも「脱出」だった。

 

 冒頭の人から、「あなたはヒマだとロクなことを考えない」とも言われた。脱出してしまったが、早く忙しくなりたい。

 

 

 

 

時代の急激な変化の中で

  青山ブックセンターが閉店という記事があり、寂しがる人が大勢いた。

 

  昔交友のあった思想系の出版社の雑誌が、この書店にだけは継続的に並んでいたと記憶している。

 

  東京でも赤坂や青山など知的に気取った人々が集まる場所だったので、ここがなくなれば、いよいよ松屋すき屋が目立つだけの他の町とあまり変わらない所になってしまう気がする。

 

  本が売れなくなった、とか、求人に文化的なものがなかったり、等を見ると、日本は知的な貧困に陥ってきていると思う。そんな惨状を見てなのか、私は都会を離れ、田舎にログハウスをつくって、静かに珈琲を飲みながら読書と執筆の日々を送ろうと考えた。もし賛同者がいれば、暖炉か囲炉裏のそばで夜どうし語り合いたいと。

 

  しかし、実際にやろうとするといろいろな困難に当たった。まず下水道がない。浄化槽をつくるにもカネがかかる。井戸もなくなっていた。木材は豊富にあるが、加工に手間と時間がかかる。乾燥に1年もいる。

 

  どうやら諦めて稼がなければいけない。理想は自説に殉じた生き方だが、辻説法が得意な坊主や信者を集める教祖になる意欲もないし、ただ学際的な面白さに気付いてもらいたいだけなので、どうも具体的方向が見つからない。

 

  時代そのものは急激に変わっている。以前と違い、TOKIOの山口は永久追放になり、官僚の財務次官はセクハラで辞め、ツール・ド・フランスの優勝者に美女が両側からキスするのもなくなり、安倍夫妻は口利きができなくなり、南北朝鮮の首脳は普通に国境を行き来できるようになった。

 

  マスメディアは権力の監視役どころか、津波のように報道すれば現行の法の壁さえ破れるという正義感に燃えている。破壊の先に何を築くかは特にないようだが。

  

  破壊よりも創造、そこに気付いた人たちによる交流会と発掘や抜擢こそが最重要課題だと思う。

 

 

知識:シンクロニシティをつくる深層

  漫画「ハード&ルーズ」3巻には、主人公の私立探偵が次々と新しい仲間と出会い、探偵事務所を立ち上げる展開がある。

 

  「シンクロニシティ。一見、偶然に思える出来事や出会いは、実は深層の意識がセッティングする必然である、というユングの言葉を思い出した」

 

  「孤独を愛していた。しかし限界を感じてもいた」

 

  こうして、探偵事務職が立ち上がる。

 

  つまり、我々の日常の出来事や出会い、日々目にするものや手に取るものは、偶然ではなく必然なのである。シンクロニシティという言葉を使うから神秘的に思えるが、ごく当たり前なこととして見直せば次のようにまとめられる。

 

  反応から始まった各心機能が前回の維持心機能でまとめられて各器官に及び、最後は周囲の環境全体まで及ぶ。これもユングが指摘したことだが、自我と違い自己が、自己紹介を言う時に名前や年齢だけでなく環境全体を言うことと同様である。

 

  ただし、7つの心機能が一巡して反応心機能が働く前段階としての機能の名前は、自己ではなく知識とする。自己紹介も知識全体である。知識全体の次に、目撃する。複数の人がある1人を同じ角度から見ても、美術家と科学者と運動選手とでは見る部分が違うものだ。

 

  冒頭の私立探偵も、孤独に限界を感じていたから、出会った人と新事務所設立に展開したわけで、孤独に自信と余裕があればそんな方向にいかない。

 

  さて、知識心機能によって、認識が確立し、存在が確立し、所得と資力が確立し、自由や共存が確立する。

 

  そして、見たり聞いたり、動いたり、腐ったり、作ったり、遭遇したり、会合したりする前提になる。詳細はメインサイト「ツインサイバーシステム」の「このサイトについて」を参照。