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(西郷どん) 時の運より思いの強か者が勝ちもす?

 昨日は劇団ひとり演じるジョン万次郎が中心。

 

 本当にアメリカから帰国して西郷と会ったのか調べると、まず琉球にたどり着き、薩摩に連行されて島津斉彬と面談したことは史実だった。ドラマはそこに若き吉之助を絡ませるが不自然ではなかった。

 

 江戸時代が明治に向けて進み始めたとき、様々な逆風や抵抗、摩擦など逆方向への力はあれど、それらに勝る推進力が結集した不思議な偶然があった。世界に目を向けて実行力もある島津斉彬という稀代の殿様のもとに、ジョン万次郎が面会したこと、斉彬に西郷という家来がいたこと、斉彬の一族に篤姫がいたこと、など。

 

 前回の御前相撲のとき、北川景子演じる篤姫が「勝負は時の運ではございもはん。思いの強か者が勝ちもす」と言い放ったが、時の運は明らかに薩摩に集中していた。これを活かす強い思いは確かにあったが。

 

 

西のトッティ、東の長嶋

 長嶋茂雄氏の面白い逸話がまた増えた。

 

>スタジオのたけしは、巨人の高橋由伸監督が誕生する直前に、長嶋茂雄氏と対談したという思い出話を披露し、「長嶋さんがさ、由伸が監督になったら変わるよって言うんだよ。これから巨人は360度変わるからって(笑)。360度じゃまた元に戻っちゃう、それじゃ変わらないじゃんと思ったけどさ、長嶋さんに誰も突っ込むことができなくって(笑)」と、ミスターの名言を明かす。

 

たけし、長嶋茂雄の迷言暴露「これから巨人は360度変わるって(笑)」 - ライブドアニュース

 

 他にも検索するとたくさん出てくる。

 

>勝負は家に帰って風呂に入るまでわかりません。

>「失敗は成功のマザー」

>「打つとみせかけてヒッティング」

 

 名言の他にエピソードもすごい。

面白過ぎる「長嶋茂雄」のエピソード - NAVER まとめ

 

 一方、イタリアサッカー界の至宝、トッティも負けず劣らず名言や爆笑エピソードが多い。

 

トッティがチームメートにジグソーパズルを見せびらかし、

「オレって天才だよ。たった3カ月で完成させたもんね。
普通にやれば、3年はかかるヤツなんだぜ」と自慢した。

ジグソーパズルの箱をみると3years(3歳児用)。

 

>彼女が猫を抱いてトッティ宅に。

「ねぇ、この子猫ちゃん、オスだと思う?それともメスだと思う?」

「バカだな、ヒゲが生えてるからオスに決まってんだろ」

 

>イタリアで話題の「アナタの悩みの50%が解消できる本」を購入したトッティ

胸を張って友人にこう言った。

「悩みを100%解消したいと思ったから、迷わずに2冊買ったよ」

 

トッティの爆笑エピソードまとめ【サッカー】 - NAVER まとめ

 

 気分が沈んだ時など是非おすすめ。ただこの2人に匹敵する人をずっと見ていない。

 

 冒頭のエピソードだが、あえて長嶋氏の言いたいことを弁護すれば360度の周囲に渡る全ての世界が変わってしまうと言いたいのだろう。

 

 

 

 

(BG)シリーズ化できるのでは

 3話は面白い方だった。

 

 アイドルを誘拐された芸能事務所社長が民間警備会社に依頼、犯人は警察に連絡せず身代金1億円を出せと要求する。詳細はネタバレサイトに譲るが、木村たちは最終的に犯人逮捕、身代金も奪われずアイドルも奪還、事件は世間をそれほど騒がせずに終わった。

 

 現実はそんなにうまくいくはずもないし、アイドルの狂言誘拐自体あり得ない。ただし地元の不良にタカられることはよくあるだろう。そうした実際の話をもとに事実と嘘をうまく織り交ぜて作った話と思う。

 

 そしてセキュリティというテーマは、今までのドラマであまり触れられていなかったものの、最近の仮想通貨の事案や今なお多い窃盗事案も含めて昨今ますます重要性が高まっている。高まっている割りには今ひとつ反応が鈍い。なぜか? セキュリティというテーマが分かりづらいからだろう。

 

 人気俳優の木村拓哉が今後もシリーズを追加継続していけば、世間にももっとこのテーマが浸透していくと思う。

 

(西郷どん)斉彬と信玄が似ている点

 島津斉興のような愚かな藩主は今も多い。「はれのひ」の社長も贅沢三昧だったらしい。薩摩では斉彬派の多くの賢臣が粛清されたが、現代の企業も優秀な社員を粛清する事例をよく見る。

 

 愚かな社長や上司はそのうち問題を起こせば終わりだが、問題が起きても全て部下のせいにして生き残るワルも多く、こうなると悪政が長期化する。

 

 ドラマでは主人公の西郷が送った何通もの手紙に心を揺り動かされた斉彬がついに立ち上がって斉興をなんとか引退させた。この辺り若き武田晴信がようやく父信虎を追放した事例と似ている。信虎も弟を溺愛した。

 

 現代も出世が早い弟タイプと、出世が遅い信玄や斉彬タイプがある。

 

 遅い間、更に勉学に努め、人脈を広げ、当主就任後は目覚ましい活躍を行う。斉彬は西郷をお庭番に抜擢し、信玄は流れ者の山本勘助を軍師に雇う。

 

 

 

 

田原総一朗の脇にいた消防士の役割

 いろいろ読むと、西部邁自身が晩年「自分の言論は無駄だった」と述懐していた。小林よしのりの追悼記事にも書かれていた。

 

 しかし、「朝まで生テレビ」で司会の田原総一朗のすぐ脇の席に座っていた西部の代役はそう簡単に見つかりそうにはなく、言論ではなく存在自体は無駄ではなかった。この席の役割とは、「お互いが白熱したり一部の発言が他を圧倒しかけたりする議論の中で、思想家として西部が『人間はそれほど賢くないので良かれと思ってやっても失敗することがある』『慎重にしなさいよ』と嗜(たしな)める」ことが求められており、そこに「元東大教授」「元全学連闘士の転向者」「西部グループ総帥」と「司会者田原の信任の厚さ」という権威づけが加わっている。確かに代役はいない。

 

 そういう消火のような消防士がいなくなると、議論は無思想無哲学なまま白熱するか、偏った発言が声高に他を圧倒するか、あるいは特にマシな発言もなく議論全体が衰退するかに陥ってしまう。事実、今の日本も1990年前後の思潮や朝ナマに比べると落ち込んでいる。

 

 逆に、本当は良い議論や意見、説が西部邁の消火活動のせいで相対化されて目立たなくなった面もあると思う。そう考えると、西部の退場はかえって良くなるきっかけになるに違いない。

 

 佐伯啓思や中野剛志、中沢新一など彼に消火されなかった面々には火の勢いがあまりなく、もっと別の種類の火が必要になる。

 

 今後求められる役割とは、消火ではなく、良い火に薪を加えてやることである。「いいね」の数はそういうものの1つだが、浅薄な評価だけでなく、真意を理解した深い評価と協力、拡大、戦略戦術。

 

 当たり前な話ではある。

 

 

 

西部邁とは何だったのか?を改めて考えさせられた

 本日夕方、西部邁氏が多摩川で入水自殺したニュースを知った。昨年亡くなった渡部昇一氏は病院死だったから翌月に思想系雑誌の追悼記事で知ったが、西部氏の手法だとネットメディアですぐに全国に伝わる。数分後にはかつての読者や朝ナマの視聴者に伝わることを見越して川に飛び込んだと思う。

 

 要するにパフォーマーであり、主催する雑誌の名前も表現者だった。学生時代の左翼活動も、東大教授を辞めた時の騒動も、テレビで名が売れた時も、大勢のパフォーマンス下手な弟子(佐伯、中野他多数)を前にした時も、そして今回も、パフォーマーに徹していた。

 

 本来の哲学者はパフォーマーではないし、自殺を選ぶ人は非常に少ないと言われる。現在の思潮を正確に捉えることが得意で、そこから高次の哲学を考え言葉を選びながら語り、時代に認められるものだと私は思っている。プラトンからアリストテレス、ヒュームからカント、ヘーゲルニーチェ、皆そうだ。しかし、平成の代表的知識人たる西部氏はそれが全くできてなく、だから日本は20年も閉塞が続いている。

 

 確かに西部氏は哲学思想に詳しい、ただそれは遠い過去の欧米の人ばかりで、現代の世界中の哲学思想との交流も交際もない。だから高次の未来哲学を語れず、ただ本当は語りたかったから、大哲学者のフリをし続けた。そこがパフォーマーなのだ。

 

 混迷を深める現代社会に哲学的高次の明快な回答は確かに必要だが、西部はそれに答えられないでいた。問われる所にいるから語るものの、大哲学者の回答ではなかった。研究者の1人に過ぎない。やがて限界が来た。

 

 栄華を誇った電通やシャープなどの転落から始まる、時代のあまりに急激な変化。

 

 変化への対応に西部自身遅れ、離され、見えなくなり、やがて諦めるべき時が来た。そう見える。

 

 保守の大物というパフォーマンスには成功したが、後世に残る哲学思想は一切ない。

 

 

発見された新種の生物は最近出てきたのではないか?

 今日の海外ニュースで新種の生物にイチローと名付けた学者がいる話があった。先日は日本近海に平べったい新種のカニが発見されたという記事もあった。

 

 これらは以前から在る生物を人間が発見できずにいたと通常思われている。

 

 しかし、今まで発見されなかったということは、今までは存在してなく、最近新たに新種が出てきたから、このたび発見されたとも言えるのではないだろうか?

 

 いわゆる進化、evolutionである。

 

 長い生物の歴史においても、種が絶滅することもあれば、種が新たに始まることもある。

 

 現状我々は新種が誕生する瞬間を目の前で見ていないためそれがよく分かっていない。ダーウィンの進化論では、高い木の枝の葉を食べるキリンが生き残ったというような話が多い。

 

 ではどんなふうに始まるのか? 今のところ考えているのは、現代っ子の頭が小さく足が長いタイプが多いことと、明治時代の日本人が150cm代が多く総じて胴長短足ばかりなことの違いである。食事や生活習慣の変化でそうなったと言われているが、幼少時からもうそんなモデル体型が多いことも事実で、これも一種の生物学的変化である。

 

 そして、更に未来に適応した新種が出て来るような気がする。