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「コロナ禍の自助?」と「息子には公助?」

  自民党共和党も「自助」(英語ではselfhelp)が好きである。

 

  最近では菅総理が政権スタート時に「私のモットーは自助、共助、公助です!」と掲げた。先ずは自分でできることは自分で、それで厳しければ家族や友人が助け、公的機関は最後だという。いかにも叩き上げの自分は自助で総理になったかのように。(実は富豪の親のコネによる就職や自民党議員の秘書になったことも大きかったりする)

 

  20世紀前半の世界恐慌を救ったのはケインズ経済学のマクロ政策(公共投資)だったが、これをライバルのハイエクマルクス経済学と同じ計画主義だと批判し、物事は人間の計画通りにはいかないものだから政府の市場への介入は極力控え、自助を促して民間を活性化せよと唱えた。

 

  1980年代にはイギリス保守党サッチャーがこの考え方のもと衰えた経済を復活させたとし、アメリカ共和党レーガンも採用し、日本では自民党の中曽根政権が同じく国鉄民営化を進め、1980年代末にはソビエトが崩壊して冷戦が終わった。

 

  しかし、アメリカは双子の赤字を抱え、日本もバブルが崩壊し、世界各国とも1990年代末にはこの新自由主義多国籍企業を潤わせるだけで「トリクルダウン(雫が落ちる)」で下々も潤う訳ではないことに気付いてきた。

 

  ハイエクは1990年代には亡くなったが、ミルトン・フリードマンアメリカ経済の衰退を新自由主義の失敗と捉えず、むしろ全て私の言う通りにすれば成功したと言い張った。

 

  2000年代に入ると反新自由主義的な動きがイギリスやフランスをはじめ各地で起き、日本でも一時的に民主党が政権をとったりする中で、中国が台頭してきた。アメリカでは民主党オバマ政権がいわゆるオバマケアを唱え、中国にも甘い政策をとっていた。

 

  しかし、日本では野党政権が高速道路無料や各種補助、コンクリートから人へ等、無節操に国民受けしそうな政策を行うだけだと見透かされ、それが例え腐っていても自民党しかないとされ、第二次安倍政権は長期化し、新自由主義者竹中平蔵もテレビ討論では「トリクルダウンなんてないない」と言いつつ小泉政権時から菅政権時まで長く政府内に残り、貧民化する国民から「竹中平蔵つまみ出せ」と反発を招いている。

 

  経済に自助が必要であり、一定の経済成長なくして福祉予算を捻出できないこと、だからソビエトが崩壊したこともわかるが、どこか自助に胡散(うさん)臭いものを長年感じてきた。

 

  菅総理の息子が親のコネでマスコミ業界に就職したことや、その息子が元総務大臣の親の威光をバックに総務官僚を接待したこと、この問題が発覚する直前に知った父親の菅総理が慌てて犯人探しを命じたこと、週刊文春記者が公開した録音で言い逃れできず息子も官僚も降参したことを知り、ようやく何かが見えてきた。

 

  つまり、国民には自助を強いて、イコール公助を控える一方、身内へは共助、親のコネで大手企業に自助なく就職させ、息子の接待事案が発覚しそうになると権力で隠蔽しようと公助を使うのである。実際、大手メディアは報道を控えている。

 

  世界各国が給付金にあたる一時的措置を行い、アメリカでは3度も給付したのに、日本では昨年夏に渋々行っただけで二度と行わず、菅総理も「最後には生活保護がある」「踏ん張ってほしい」と発言、その間にも次々と長年自ら培ってきた料理人をはじめ各技能習熟者が店をたたんでいった。

 

  コロナという特殊な状況下でただ旧来通り自助を言うだけでは無能であり、息子には共助や公助をとる菅総理

 

  利益を独占して自分たちだけ甘い汁を吸うために、自助(イコール公助ゼロ)を言っていたのである。

 

  職場でもコロナで苦しいだろうが踏ん張れと言って給与を減らす一方、自分だけは会社のカネを不当に引き寄せている幹部がいたりする。菅総理もあんな感じだ。竹中平蔵もおいしいから政府に残ったりパソナにいたりする。

 

  国民はおとなしく我慢し、我慢できなければ自殺し、若い人は結婚を諦め、少子化が進む。「自助の正体とは利益独占」を知り、ふざけたこのやり方を止めることが先決。

 

  そして本来どうするべきか本気で考えれば、人のことが分かり、人の心が分かる誰かによる、利益独占ではなく正しく分配する大切さに気付くはずである。

 

  「麒麟がくる」で光秀が言っていたセリフである。若い頃の信長が沖で捕った魚を浜辺で人々に分けていたところを見て、「信長様は人のことが分かる、人の心が分かるお方だと思いました」と。

 

  「しかし信長様は変わられた」

 

  すると、「お前が変えたのじゃ」と光秀のせいにする信長。「お前が言う大きな国をつくれという話にワシが乗ったからじゃ」「天皇さえも跪(ひざまず)く男になってやる」

 

  本能寺の変を起こした光秀。信長による独占は止められた。