草分け中

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哲学者を個々別々に見ず横断していく

「家族、市場、国家」の3段階は、ヘーゲルが唱えた分かりすい進化の1つだが、3段階目の国家の時、市場よりも優位なのは理性が関与するからだ。この理性は時代とともに優れたものになっていくと考えた。

 

 ヘーゲルの孫弟子のマルクスは、それが共産主義だとしたが、20世紀後半になってその説はソ連の崩壊とともに破綻した。

 

 一方、西側陣営が依拠するヒュームの哲学は、ヒュームからカント、ヘーゲルへの道を辿らない。すなわち「なんでも複合観念、物自体は分からず二律背反、正反合の弁証法」という道ではなく、なんでも複合観念だから、より良い複合観念を目指して競争経済を重視し、議会制民主主義を堅持する。

 

 中国やロシア、北朝鮮など独裁に近い政治形態がまだ続いているのは、ヒューム哲学ではなくヘーゲル哲学の政治だからと言える。

 

 かといってヒューム哲学の方が良いかというとそうでもなく、20世紀後半に猛威を振るったハイエク新自由主義は、完璧な計画などあり得ないからとヘーゲルや計画経済を退け、自制的秩序なる言葉のもと、更なる規制撤廃や緩和、競争の激化を唱導、結果は多国籍大企業だけが恩恵に預かり、多数の非正規雇用者を生み出したのは周知の通り。それでも代替の哲学がないからと安倍政権の基本ベースはいまだに新自由主義のままである。

 

さて、ここからが本題だが、ヘーゲルの3段階目に関与する理性が、ヒュームの複合観念と同じものと考えるならば、複合観念は認識過程だけの話ではなく行動の上でも秩序だった動きや技術などに大きく関わってくる。

 

そして、一人前の技術者の複合観念を使って因果関係を説明する時は理解しやすく自分も一人前になりやすくなる一方、半人前の技術者の未完成な複合観念を使って因果関係を説明されても理解しづらく、自分は半人前なままである。

 

このように、哲学を個々別々に扱うのではなく、勇気をもって複数の説を横断していくと新しい理解と世界が広がっていく。

 

行動の時の観念と、認識時の観念との同一性をメインサイト「5素サイクル」

https://twincybersystem.wordpress.com/

では「Eの法則」と名付け、一人前な方をゼンニネンズ、半人前な方をザエンニネンザと分類した。新しい哲学や新しい概念を使えば、技術教育上の改善や新たな富を生み出し、上記のような政治的な東西対立の解消にも役立つと考えている。