草分け中

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〈真田丸〉 良策が通らないミスの繰り返し

 「真田丸」最終回。

 

 寺で休憩中の幸村を斬ったとされる西尾仁左衛門はついに出て来なかった。幸村と西尾が戦ったのか、幸村が「手柄にせよ」と言って切腹したのか諸説分かれているのは知っているが、ここでも「真田丸」は、諸説分かれていることをいいことに西尾を登場させず、佐助に介錯させた。

 

 メディアはすかさず「笑劇のラスト」と三谷を持ち上げる。意味するところは幸村が佐助に「いくつになった?」と尋ねて「55になります」という回答が実は年上だと初めて分かったからとのことだが、幸村が49歳と知ってる人も少なく別に分かりにくくて笑えもしないし、最期の緊張の中で実際に笑った人は少ないだろう。ヨイショが見え見えだ。

 

 こんなふうに見ると、全てがウソまみれに見えてしまう。

 

 三谷のギャグを見たい訳ではなく、幸村という素材の良さを見たい者にとっては、多額の金をかけて幸村そのものを薄め三谷式演出を散りばめ過ぎた残念な作品となってしまったように思えて仕方がない。

 

 この最終回は冒頭からおかしい。

 

 戦が終わってもないのに重要人物の本多正信が戦場を離脱する。しかも幕府ナンバー2なのにお供を連れず一人だけ。信之も一人でリアリティ無さすぎ。

 

 次に真田十勇士がなぜかここで初登場。字幕がなければ分からなかった。架空の存在なので余計に史実感が薄れる。必要ないのでは。その後も活躍したシーンがない。

 

 そして戦場は「天下の台所」大坂の町はずれのはずが家や寺などがまったくない野山が舞台。関ケ原ならまだ分かるが。本当に「大坂の陣」なのか?

 

 こうも過剰な演出を見ると、幸村勢と徳川方真田勢との衝突もウソに見えるし、家康本陣への突入も本物っぽさが薄らぐ。昔の「真田太平記」では、7人の影武者で翻弄して敵軍を左右に散らし、幸村自身が真っ直ぐ突入するものだった。

 

 あの時の草刈正雄演じる幸村が実に絵になった。

 

 今回は家康本陣に二度も近づけた幸村の策が今一つよくわからない。

 

 味方の士気が高く、敵が平和呆けして弱かったからとしか言えない。

 

 しかし勝ちかけた豊臣軍に不運が襲う。出馬しようとした秀頼を大蔵卿の局が止め、幸村寝返りの噂の真偽を確かめさせて出馬が遅れる。さらに大野治長が城に戻る時に掲げていた千成瓢箪の馬印が秀頼後退との印象を味方に与え兵が逃げ出す。そして家康が反撃に転じる。

 

 これもどこまで本当でどこまで嘘なのか。

 

 確かなことの1つとして、大蔵卿の局は役者の演技が上手かったのもあるが、なんとも言えない憎たらしさがあり存在感を発揮していた。

 

 現代でも、良い作戦を潰す人はいるし、古くは合戦を知らないのに権力はある貴族がそういう役回りだった。会社経営者のビジョンを会社員は体現するものだが、間に貴族的幹部や上司がいると必ず変な方向に曲がる。良かれと思ってやっても武士と公家は違うのだ。

 

 貴族の意見は貴族の間でのみ通じる。そして実際的ではなく、敵の武将に敗れる。「保元・平治の乱」しかり、「楠木正成の最期」しかり。

 

 「真田丸」が史実好きな人にはウケず、歴史嫌いだが小ネタを笑いたい人にはウケるところを見ると、史実の幸村を無視して安易に笑いに走る三谷こそ大蔵卿に思える。

 

 草葉の陰で幸村が泣いている。