草分け中

試論や試案のサブサイト。メインは「状態の秘法」合知篇(深く)鼎道篇(広く)等

(サイト紹介) バイデンはどこにいる?

  継続して参考にしているサイトを幾つか紹介するが、その1つ、ジャーナリストの篠原常一郎さんの動画のコメント欄の中に「バイデンは既に1月6日に死んでいる」という書き込みがあった。


2021/5/8 KK問題の深層、崩壊するアメリカ 山口敬之さんと対談トーク - YouTube

 

  篠原氏は以前、今の金正恩は影武者であり本物は既にいないという証拠動画を次々配信していたことがあり、確かに顔も性格も変わったしミサイルも発射しなくなったので真実とは思うが、バイデン関連にも突っ込んでほしいところである。

 

  ちなみに上記回は今の世界情勢や日本の五輪、小室問題のあらゆるところに中国共産党の工作が入り込んでいるという主旨で対談しており、点と点がつながって線になったと高評である。

 

  次に紹介する「飯山一郎のLittle HP」の5月1日の記事でも、アメリカの著名弁護士がホワイトハウスの中でバイデン大統領を探したがどこにも見つからなかったという話がある。


飯山一郎のLittleHP

 

  サイト名の故飯山一郎氏の友人の野崎氏が、本職は大学教員で今は中国の長春在住のようだが、日本では報道されない類(たぐい)の海外ニュースや視点を展開しており、中国に対しても昔は好意的だったが今は批判的に書くようになっている。

 

  私がバイデン偽物説を気にするようになったのは有名なこのインタビュー動画を見てからである。


CNBC's full interview with Democratic presidential candidate Joe Biden - YouTube

 

  明らかに首付近にゴムマスクの線が見えていて笑える。ただ何故この動画を放置したままにしているのだろうか? そこで、冷静な情勢分析ではズバ抜けている熱烈なトランプ支持者の張陽氏の動画に以前コメントを書いてみたことがある。


トランプ 共和党指導部を片付ける【第168回】 - YouTube

 

  特に直接的な反応はないものの、確かにバイデンも金正恩も亡くなったという確かな証拠はなく隠れているだけかもしれないし、公式発表もないので難しいとは思う。

 

  張陽氏の記事の多くからは、バイデン個人というより、アメリカ民主党中国共産党、及び大手メディアとGAFA、更に上記回の通りペンス前副大統領など共和党の一部が問題であるとのスタンスのようだ。

 

  精巧なバイデンのゴムマスクを作って被せてインタビュー番組に出演させた人たち。ただ被せ方が杜撰でもあった人たち。彼らはいつまで、この前代未聞の目立たない大統領の状況を続ける気なのか?

 

 本当は78歳のバイデンを就任早々に倒れさせて、左派にとっては念願のカマラ・ハリスを初の女性大統領に据える計画だったという話も張陽氏は述べたことがあったが、上記野崎氏の最近の記事ではハリスもゴムマスクだったり国籍的にアウトだったりで就任させられなかったともある。つまり事態は混沌、いや混迷と言った方が正しいかもしれない。

 

  時々見る程度のサイトも多いが、継続して参考にするのは客観的実証的に秀でているものや、他では見られないような特異性のあるものに限られてくる。その点では、歴史関連で「今日は何の日 徒然日記」と、音楽関連の「ヨメトオレ」も特に夫婦のギターセッション動画がオススメである。


今日は何の日?徒然日記

 


【ファミマ入店音】 旅の果て~荒野編~【ヨメトオレ】 - YouTube

 

  

 

 

 

 

 

 

(晴天) 対症療法をやめた栄一

 前回は“高崎城乗っ取り→横浜居留館焼き討ち”計画の余りの無謀さに感想記事を書く気も失せるほどだった。

 

 今回、京から駆け付けた尾高長七郎が書きたかった大部分を代弁して止めてくれたのだが、実際は何日もかかってやっと栄一たちは計画を取りやめたという。以後、老齢になるまで何事も「とことん話し合って」決めるようになったとか。

 

 改めて栄一と喜作の2人が引き締まった顔で故郷を出立する時のバックに流れたギターがなかなか良かった。小林薫の“とっさま”ぶりもカッコいい。もちろん赤ん坊うたも可愛い。

 

 今日は、前回記事の続きでメソポタミア文明関連遺跡の1つに「空中に浮かぶ宇宙船から数人降りてきたメンバー」の中に「言語担当者や貨幣担当者、及び法務担当者」という私の衣食住観と重なる3名が含まれていた内容が書かれた碑文の話題を書こうとしたが、それが載っている本が見つからなかったのでずっとネットを検索し続けていた。

 

 結局見つからなかったが、当時のチグリス川・ユーフラテス川の比較的低い流域は隣接する周囲から多数の民族が絶えず雪崩れ込んで新たな国が興ったり、そして滅んだりが繰り返されていたという。強かった王が亡くなって弱い王が引き継ぎ、他国に強い王が現れると当然、肥沃な土地を奪おうと襲い掛かる。そんな乱世がアレクサンダー大王の東征まで続く。

 

 日本は周囲を海に囲まれているのでそう簡単には多民族が流入して来ず、だから現代もそうだが弱い政権のままの状態が続く。ただいつまでも弱いままでは自ら枯れてしまう。だから円環史観に則って根本的な刷新を行い、今までの対症療法的な改革ではなく新制度を制定する。

 

 当時その必要性に気付いた数名の中に勝海舟や弟子の坂本竜馬、友人の西郷隆盛、そして大久保利通もおり、一方で徳川慶喜も分かっていたからこそ大政奉還し、慶喜のもとにいた渋沢栄一も主に経済面で根本的な刷新を図った。

 

 現在は何名いるのだろうか? 前回記事のスライドに好意的なコメントを送った現役の哲学教授もおられ、今日は同じような反応を示しそうな人(欧米含む)にも紹介して頂くようお願いした。とにかく対症療法を口実に新ルールを作っては監禁罪じみた縛りを行う事案が多過ぎる。国も企業もメンヘラも。

 

産業の新分類とサービスの非犯罪性

  たとえ良いサービスや製品を世に出しても、なかなか売れないことは多い。もちろん競争に勝つことは大事だが、今のコロナ禍のように、失政の犠牲となって廃業する場合もある。

 

    良いサービスや製品が売れるためのフロンティアが尽きないようリング状に社会システムを整備し、資源の活用も含めて循環させるアイデアをまとめてみた。

 

  時々公開したものだが、今回は更に「サービスの非犯罪性」を加えた。いろいろな仕事やアルバイト、役職や交流を経験した中で自分なりにこれは当たっている話だと思う。

 
  ただ最後のページに述べた通り、実務的に進めるためには現役の各従事者の賛同や協力がなければ難しい話である。
 

(晴天) 栄一と坂下門外の変

  後にたくさんの産業を起こして日本経済の父となる渋澤栄一だが、若い頃は横浜焼き討ち計画に関わるなどテロリストのような時期を過ごしていたことに違和感を感じていた。

 

  しかし、大河ドラマは年間を通して一話一話丁寧にその人物の生涯を掘り下げていくため、栄一の周囲に尾高父子のような高い志の人たちがいて、その娘を妻にしたこと。尾高長七郎が師事した政治塾が時の老中を暗殺しようとして(坂下門外の変)失敗したこと等を見ていくうちに、栄一の行動も決して誇大妄想や不純なものからではなく、普通の考えの持ち主が特異な時代や周囲の影響を受けながら進んでいったことが分かった。

 

  現代も1993年の政変以来ずっと転換期と言える。その間の20数年間、小沢式の二大政党制がうまくいかないことは明白になり、竹中式の弱肉強食もビルドが皆無で希望はなく、少子高齢化やデフレを促進するだけだった。

 

  今回栄一が言った通り、誰かを斬ればいいだけの話ではなく、小沢や竹中は確かにキーマンだが結局彼らも時代の波に乗ってたまたま目立ったに過ぎない。世の中の仕組みを変えることが重要で、ではどう変えるのかだ。

 

  栄一は後にパリ万博をジカに見て覚醒し、帰国してたくさんの産業を起こした。それは当時としては正解に違いない。しかし現代はそれだけでは足りず、環境や財政など様々なことに配慮して新しい何かを起こし、ビルドを行わなければならない。それは感覚的には普通で十分であり、特に変な考えは必要ない。普通の神経で少子高齢化を憂い、環境問題を憂い、財政や税制の矛盾に憤慨すれば、全体として正しい方向に進むと思う。

 

(維新) 破壊に留まらず、次のビジョンを

  大阪の吉村知事を落とす記事が増えてきたが、今日ヤフーが掲載したポストセブンを読んで少し思うところがあった。

 

>メッキが剥がれた大阪・吉村知事 実像は「典型的ポピュリスト」(NEWSポストセブン)


メッキが剥がれた大阪・吉村知事 実像は「典型的ポピュリスト」(NEWSポストセブン) - Yahoo!ニュース

 

  書き込まれたコメントの中に、知事のメッキが剥がれたというより、維新の正体が元々大阪をぶっ壊したいだけというものがあった。都構想もビルドより破壊の側面が目立っていたから府民に受け入れられなかった。

 

  大阪維新が誕生した時に故堺屋太一が見出した橋下徹が生まれ、大阪自民党を敵に回して勝つことで知名度が上がった。その後、松井一郎や吉村洋文が首長になり、今は竹中平蔵もくっついていると言われる。

 

 1990年代前半にバブルが崩壊して日本が深刻な時代に突入していくと予想される中、テレビで識者たちが集まって議論する番組が増えていた。朝まで生テレビもその1つだが、もう少し地位の高い人たちが集まっており、その中央に偉そうに座っていたのが堺屋太一だった。白髪に小さな眉、細い目が特徴的である。

 

  私はある本で、そんな新保守主義の老人がただ憂えたり吠えたりするのではなく、実際に政治に入閣するとしたら自分とは違う方向に政治が動いた時ではないかとする小説を書いたことがあった。

 

  その後、橋本龍太郎が6大改革を唱え、4本柱の省庁再編を行って大蔵省が財務相に変わり、名前こそ変だが文部科学省厚生労働省など大きく政治が変わる話になった時、行政改革会議のメンバーに堺屋太一は入ってなかった。

 

  次の小渕総理の時に堺屋太一経済企画庁長官として入閣したのは(省庁再編の実施は21世紀になってから)、橋龍時代の屈辱と焦燥があったからだと思う。そして堺屋長官はアイデアマンとして2000円札を発行、たとえ外国では流通しても日本では見事にスベッた。肝心の経済も一向に上向かず、毎月毎月「庶民の財布の紐はまだ堅い」など趣向を凝らした発表をするので「月例経済文学」と揶揄された。

 

  次に小泉内閣時に竹中平蔵が入閣すると、私は堺屋太一と同じくまた政治家でもない文化人の新自由主義者が入ってきたと思った。それだけ省庁再編のインパクトは大きかったのかもしれない。日本を経済一辺倒ではなく、もっと広域の価値観を重んじる路線変更を唱えた橋本は闇に葬られ、民活を過剰に行い、アメリカでも国営の郵政まで民営化しようとした小泉竹中政治。

 

  当時の選挙は圧勝したものの、結局小泉もあまり評価されず、竹中は売国奴として今も悪名高い。新自由主義自体が世界的に評判が悪い。ただ代替の思想はない。皮肉にも国営と民営を併用した中国の社会主義市場経済が勝者となっているが、詳細な中身は結構適当で数字上の成果も嘘が多いようだ。

 

  話を戻すが維新の会に堺屋太一竹中平蔵の色が濃いままなら、破壊の次の創造的な段階に移ることが求められるこれからの時代に相応しくはないだろう。大阪をぶっ壊したい破壊屋で終わる。

 

  先日から今の転換期が収まるなら日本初の大統領が生まれる時ではないかと書いており、吉村知事にも期待するところはあったがどうだろう。ついでに言うなら、大統領誕生とともに、今のイビツな省庁名ももっとまともなものに変わると思う。文部科学省ではなく文部省に戻し、厚生労働省ではなく厚生省でよい。財務省防衛省はそのまま、あとまだ提案はあるが、要は国民生活を向上させるための社会編成に取り組み(例えば本格的な循環型社会も1つ)、その推進に省庁再編が役立てば良いだけである。

 

 

 

MMTに循環をミックスする仮説

  中野剛志氏がMMT(現代貨幣理論)を解説したサイトの中に、銀行が金を貸した時に初めて貨幣が発生するという話があった。

 

  だから公共工事をバンバンやれという主張が続くのだが、グレートリセットを説く人たちによると依存症のように公共工事が増えることを懸念していた。

 

  必要な分の富が適切に増えていくには?

 

  そこで筆者の循環型社会の一部を当てはめてみたい。例えばこんな循環がある。

 

  「インストラクターが教え、教わった人が競技会に出て、その様子をメディアが報道し、報道を見た研究機関が分析し、分析結果をインストラクターが参考にすると循環する」

 

  ここで銀行が貸した資金でインストラクターが分析資料を買い、教育指導に活かすことで生徒の支持を得て富が増えると銀行に利子を付けて返す。

 

  一方、選手は銀行から借りた金でインストラクターから教わり、成功・勝利することで賞金や褒賞を得て銀行に利子を付けて返す。

 

  メディアも同様に、銀行からお金を借りて取材を行い、テープやディスク、冊子等の資料にまとめて売ることで儲け、上記と同様に銀行に返す。

 

  最後に研究機関も銀行から借りた資金で資料を購入し、価値のある分析を行ってインストラクターに売り、銀行に返す。

 

  というようにうまく組み合わせれば、富が増えるのではないだろうか? 売れずに返せないケースも当然あり得るが、本当に上手になる指導が活かされないまま埋もれるよりはマシである。

 

  サイクルは全部で9つあり(衣食住×衣食住)、今回は衣の衣だけに留める。ちなみに食の衣がグルメなら住の衣はインテリア、食の食が糧、食の住が栄養(医療)になる。食の縦軸は耐久財、消耗財(糧)、土地財。住の縦軸は軍事、医療、交通である。

 

  ギリシャ神話のオリュンポス12神も当てはまり、気になる方はこちらをどうぞ。

https://www.slideshare.net/reigan_s/h2837

 

 

(晴天) 武士でなくなると奇襲を受けやすくなる

  今回メインの話は「桜田門外の変」。

 

  当日は3月なのに雪がしんしんと降っていた。竿の先に文を付けた男が1人走ってきた。井伊の供廻りが対応しようとした途端にバッと笠と簑を脱ぎ捨てて抜刀し斬りつける。そしてピストル音と共に浪士集団が出現する。この辺りのシーンはよく再現できている。

 

  しかし、なぜ井伊の供廻りは容易く斬られ、主人を守ることができなかったのか? この最も大事なところが描かれていない。

 

  実は登城のために井伊屋敷を発つ際、供廻りを指揮する立場の男が「雪で大切な刀を錆びさせてはならない」と案じて、皆に柄袋で刀をくるむよう命じていたという話がある。だからこの非常時すぐに刀を抜くことができず、柄袋の紐を解く間に次々と斬られたというのだ。

 

  本来最も守るべきものは刀ではなく主人である。この男はその立場にあるにも関わらず大きな勘違いをしてこんな結果を招いた。

 

  では何故そんな男が警備上の要職に就いたのか? それは井伊直弼が認めて選んだからである。判断基準を誤っていたのは他ならぬ井伊本人。その伏線はドラマの中にすでにあり、武士の家なのに14男で跡継ぎと無縁だったからか、幼い時より文芸の中に暮らし、大老になってもまだ狂言の脚本にこだわったりする。

 

  日本史によくあるパターンの1つだが、武士なのにお歯黒を塗っていた今川義元は雨の桶狭間で信長の奇襲を受け、武士なのに貴族化していた平家は一ノ谷で源義経に裏側から奇襲を受け、というように武士の心を忘れて貴族的になると思わぬ襲撃を受けてしまう。

 

  山口に小京都をつくった大内義隆もそうだし、戦国時代は特に北城早雲vs大森藤頼や斎藤道三vs土岐頼芸など例が多い。その1つに幕末のターニングポイント、桜田門外の変も連なる。

 

  もし直弼が始祖の直政のように「井伊の赤備え」を心掛けていたら、もっと現実的な対外政策を行い、才能ある者を怖がって処罰したり謹慎を命じたりはしなかっただろう。武士の心を忘れた貴族的な男が間違って武家の頂点に立った(その原因は暗愚な将軍に遡るが)ために齟齬(そご)が生じ、日本中がおかしくなった。

 

  現代にも「安政の大獄」はあると前に書いた。小泉内閣から安倍、菅内閣まで内部にいる竹中平蔵による派遣地獄、保護するから駄目、外資様々、いわば「平成の大獄」である。告発本やデモはあとを絶たないが本人は至って平気でいつもヘラヘラしている。

 

  次回以降、徐々にビルドが見えてくると思うが、日本も根本的な路線変更を検討するべき段階がきている。