賢者のつもり

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脱出の日本史

  正月早々、カルロス・ゴーンの日本脱出が大きな話題になっている。そこで、歴史の中の脱出劇を振り返ってみると、脱出される側がいかにブザマかが浮き彫りになってきた。

 

  まずは鎌倉時代末期に倒幕を掲げたために捕縛された後醍醐天皇を挙げたい。京都では女装して監視を逃れたり、隠岐の島からはイカ漁の舟に隠れて脱出したとてもアクティブな天皇だが、この脱出成功が全国の反鎌倉軍を勢いづかせ、早期の倒幕へとつながった。

 

  前回の記事で紹介した円環史観に基づいて次も各時代末期の脱出劇に目を向けると、平安時代末期における伊豆での源頼朝の脱走と鞍馬寺からの牛若丸(後の源義経)の脱走が挙げられる。この成功が全国に平家打倒を勢いづかせた。

 

  室町時代末期では松平元康(後の徳川家康)が人質となっていた家族を桶狭間敗戦の混乱に乗じて無事に今川家から脱出させたことが挙げられる。やがて今川家はかつての栄華が嘘だったかのように衰退し、武田軍と徳川軍に攻め込まれて滅ぼされた。

 

  こう見てくると、脱出される側が非常にブザマで、滅びる側であることがよく分かる。江戸時代の末期には全国で脱藩が行われ、坂本龍馬も土佐から脱出して脱藩浪人となり、倒幕へとつながった。

 

  カルロス・ゴーンの場合も、世界では当然のように使用されている居場所を特定できる装置を埋め込んだブレスレットが日本では使用されていなかったことが主要な原因の1つになった。そんな司法の前時代性がなぜ日本で行われていたかというと、威張った長老が許可しないからに他ならない。こうして旧式メソッドの側はシンボリックな脱出成功劇を見舞われ、やがて新式メソッドにとって代わられる。それが外資による侵食や低級霊に憑かれた人々による革命であってはならない。一時的にそうなりそうだが、最終的には尊氏や信長、隆盛等々のような徳の高い側によって落ち着いてきた歴史こそいかにも日本らしい。