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歴史の予言について

 今回はなぜ歴史を予言できるか、予言しなければならないかについて書く。

 

 1990年前後、「これから日本は悪くなる」、「デフレになる」、「自民党政権はもうすぐ終わる」と言っても誰も信じなかった。当時は日本はまだまだ良いままが続き、低成長とはいえ好景気でデフレなどあり得ず、自民党政権も強過ぎて終わる訳がないと思われていた。聞いた人はあざ笑ったり否定したりした。

 

 しかし、実際には私が言った通りになった。だからといって馬鹿にした人たちを批判はしなかった。予言を当てた人はほとんどいなかったからだ。なぜ当てることができたか? このブログの初期の頃に書いた円環史観に基づいた部分もあるし、長期政権15代説で自民党が15代に至っていたからであるが、何よりもその原因は当時の社会状況の中に歴然と見られたからである。

 

 今でこそバブル経済には負のイメージがついているが、当時の日本には「ジャパン アズ ナンバーワン」が売れていたり、なぜ日本経済は強いか、世界最強、経済は一流だが政治は三流など、政府どころか社会の隅々まで驕り高ぶりがあった。

 

 この驕り高ぶりが原因で近い将来に日本は悪くなると率直に思ったら、早々とそうなったのであう。以来30年間、平成の間はずっと長期閉塞と呼ばれる時代が続いた。そして元号が令和に変わると、特に意味もなく日本はまた良くなるという声が囁かれ始めた。

 

 最近、この願望は脆くも崩れた。東日本大震災津波で滅茶苦茶になった東北や関東が、先日の台風19号で再び多くの河川が決壊して水浸しになった。西日本とて阪神大震災と昨年の大型台風の被害に遭った。いや、九州も四国も全国どこだって被災地である。

 

 これら自然災害も国や地方の借金財政で再建もままならない。50万人以上の中高年ニートや止まらない少子化、良いものなんてほとんどないかのように見える。

 

 それでも今度は、皆が良くならないと思っている逆を張りたい。論拠となる円環史観もあるにはあるが、それよりも被災地のことを思って新天皇の即位パレードを取りやめたり、教師間の虐め問題に全国から非難の声が上がったり、韓国の暴挙に毅然と対応する姿勢をパブリックコメントのほとんどが評価したりと、良いタネは散見される。これらを失わない限り、良くなっていくと思う。