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「構造の力」(力を生み出す構造こそ重要)

 1980年代のベストセラー、「構造と力」を見た時、なんていいネーミングだ、と思ったものだった。

 

 内容は若き京大の思想家浅田彰が主にフランス現代思想を解説しただけで、自分がイメージした構造が力によって別の構造に変わっていく本ではなかった。

 

 「構造と力」の構造は構造主義の構造で、創始者レヴィストロースは文化人類学の観点からヨーロッパ中心主義を批判し彼らが未開と呼ぶ部族にも構造がある点を重視した。その後、ポスト構造主義が起こり、デリダ脱構築ドゥルーズガタリフーコーなどが現れ、近代ではないという意味でポストモダンという言葉も出てきた。「力」の方はテキスト論から権力論に移ったフーコーに特に顕著だ。

 

 こうした1980年代の流れを受けてか、私も1989年末に構造が別の構造に7つの力によって変わり、14段階を経て元に戻る話を考えた。

 

 しかし、7つの力とは何なのか? 心理的なもの、霊的なもの、7つのチャクラ(インド)、考えているうちに行き着いた結果は、まったく神秘的なものではなかった。

 

  人間の身体の脳から神経、器官、機器までを含む全体の構造如何が7種類の力の違いになるのであり、言わば「力も構造」なのだ。

 

 レヴィストロースが見た構造は現象としての構造であり、こうした現象としての構造を観察者や学者、ジャーナリストは紙に図で描いたりする。その構造が別の構造に、系そのものが増減したり、要素や項目のみが入れ替わったりする時に関わるものは決して神秘的な力ではなく、もっと実際的な前述の真の構造なのである。

 

 この「構造の力」に着目するとようやく、我々は1980年代以来の停滞に終止符を打つことができるだろう。

 

 建築物の耐震補強だって構造をどう組むかの話だ。人間の耐震補強も防災グッズを揃え時々訓練すればよい。逆に浅田彰の逃走論で増えたオタクやゲーマーなどの人種は耐震補強や訓練とは関係が薄そうに見える。

 

 戦術家においても兵を揃えて陣形を組むだけの現象としての構造よりも、最新武器を揃えて兵を鍛え、各将を配し、敵情や地勢を把握して臨機応変に陣形を変えるなど、強い力、破壊力を生み出せる真の構造を組むことで勝利を得る。織田信長アレクサンドロスが他を圧倒したのはその違いだが、単に鉄砲が三千丁あったから勝てたとする論述が多い。

 

 最後に、「構造の力」を使えば、様々な分野で良い結果を生み出すことになる。循環型経済、才能の発掘と育成、地方活性化・・・。逆に使わなければ、力を生み出す構造ではないために停滞は免れない。