もしウィトゲンシュタインが車の助手席に座っていたら・・。
長時間のドライブで眠気を催してきたら、助手席に向かって「何でもいいから喋れ」と言うものだが、あいにく彼は主著「論理哲学論考」の末尾にて「語り得ぬものについて沈黙しなければならない」と言った男だ。それが有名になった以上、語り得ることに限って喋る。極めてつまらない。
「おい、あれってこの先どうなるのかなあ」
「さあ・・・」
過去に起きた事実は喋っても未来に起こるかもしれない話には沈黙する。
「君、今は正しいことを言わねばならない慎重な哲学者をやめて、眠たくなるドライバーを助ける助手席の人になってもらわないか?」
ウィトゲンシュタインは従った。そして喋った。意外と面白い。博識なだけある。そういえばこの男は、大学の哲学教授の席へラッセルから誘われはしたが、けっこう在野の職業も経験している。
あ、いま気付いた。
「自分が哲学者という職にあるならば」という前置きを付け加えると、確かに「語り得ぬことには沈黙しなければならない」。