異説ショー

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次元の高低と自由・共存

 女子マラソンの世界的名選手だった元金メダリストの高橋尚子が千葉県のある町のパチンコ屋に11時間も入り浸っていた記事が話題になっている。もはやパチンコ依存症といってもいいほどだと。

 

 私も千葉県で現役だった頃の高橋選手をじかに見掛けたことがあったので正直驚いた。

 

 当時ほんの一瞬見ただけだったが、常に何人かのスタッフに囲まれた生活と見受けられた。一方、パチンコは一人になれる空間とは言える。

 

 しかし日本人のパチンコをはじめとするギャンブル依存症が世界と比較しても高い(4.8%。欧米は2〜3%、韓国は1%弱)という話もある。一人になりたいだけなら読書や園芸など社会的に健全と言われることもあるのに、住民から厳しく見られる良からぬことに浸っている状況はこの人も一部の日本人が陥りがちな依存症にかかってしまったと言える。

 

 どうも、現代の日本人に与えられている選択肢が少ないようにも感じる。選択肢の少なさからギャンブルに進む人が多いと。意味は変わるが産業が少ない鳥取県で中絶が全国で一番高いという記事もあった。

 

 19世紀ドイツの社会学ジンメルの言葉に、人が社会化する、いわゆるツルむのは次元の低いことに因るような意味が書いてあり、確かにそう言えなくもないと気になっている。オルテガの大衆化社会とも通ずる。

 

 この理屈でいくと、人は次元を低下させることで誰かとツルむか、低下させたくない場合は孤独を選ぶが、孤独や孤立は耐えられないので知識や情報を集めて挑戦し成功や失敗が絡むギャンブルにも進む。また、ギャンブル仲間との交流をする場合は次元を低め、結果ギャンブル自体が低次元となる。

 

 では高次元の集会は本当にないのか? ジンメルが所属する文化人のサロンにはマックス・ウェーバーのような次元の高いことにこだわる人もいるため、そういう例外もあるはずだと思っている。でも本当は次元の低い会だったのかもしれない。

 

 坂本龍馬が諸国を周旋していた時も、松平春嶽に下ネタで笑わせて大金を支援させるなど、理想や理念よりも次元の低いところも結構活用していたから成功したと言える。

 

 個人的には現在の交友にはバランスある知能の人が多く、日本人の国民性もあるのだろうが、礼儀や言葉遣いも良い人が多い。

 

 しかし、哲学史全般に理解があったり、歴史的実例を重視したり、各種法則に長けているような賢人が集まるサロンを構想しても、その可能性は限りなく低い。

 

 時間をかけてゆっくりと練っていきたい。