賢者のつもり

主サイト(5素サイクル)に載せていない異説を中心に紹介します。

竹中平蔵の挑発にはまだ乗らない

新しい元号に変わって、悪評高い竹中平蔵も何かウズいてるのか記事を寄稿していた。

 

https://lite.blogos.com/article/412388/?axis=&p=2
https://lite.blogos.com/article/412388/?axis=&p=2

 

ネットの評価は記事の内容よりも彼そのものへの批判が多い。確かに、戦後新しい憲法のもと軍国主義を脱して近代の自由や平等などの理念と経済面の高度成長、一億総中流社会とは国民の中では深くリンクしていたが、やがて企業がもたなくなり、係長やリーダーに出世した真面目な社員が同僚をリストラする最前線に立たされる事態になった。

 

そんな中、正社員のリストラを必要としない人材派遣ビジネスを学問的に肯定し、政治的にも推し進め、さらには大手人材派遣会社の役員にも名を連ねた人物こそ竹中平蔵であり、だからこそブラック企業を渡り歩いていまだ低収入で独身の大多数の中高年たちから嫌われているのである。

 

その竹中が下野後しばらくおとなしくしていたはずが、また記事を書き出した。警戒感を強めるコメント者たち。かたや竹中もああ見えて実は危機感がある。彼の目算ではたとえ今が悪評だらけでも、遠い未来には学者としてよくぞ政治に挑戦したと言われると思っていた。

 

しかし、全然違う未来で、当事の竹中は本当にバカな政治をしたと評価されたら学者としても面目ない。そうはなりたくないからこそ、新元号のもと新しい思潮に危機感があり、出来ればもう出てきて、小さいうちに潰したいと考えており、だからこそこんな内容の記事で挑発している。

 

結論。竹中のように結果を不幸にさせる挑戦は不要である。

 

 

歴史の予言について

 今回はなぜ歴史を予言できるか、予言しなければならないかについて書く。

 

 1990年前後、「これから日本は悪くなる」、「デフレになる」、「自民党政権はもうすぐ終わる」と言っても誰も信じなかった。当時は日本はまだまだ良いままが続き、低成長とはいえ好景気でデフレなどあり得ず、自民党政権も強過ぎて終わる訳がないと思われていた。聞いた人はあざ笑ったり否定したりした。

 

 しかし、実際には私が言った通りになった。だからといって馬鹿にした人たちを批判はしなかった。予言を当てた人はほとんどいなかったからだ。なぜ当てることができたか? このブログの初期の頃に書いた円環史観に基づいた部分もあるし、長期政権15代説で自民党が15代に至っていたからであるが、何よりもその原因は当時の社会状況の中に歴然と見られたからである。

 

 今でこそバブル経済には負のイメージがついているが、当時の日本には「ジャパン アズ ナンバーワン」が売れていたり、なぜ日本経済は強いか、世界最強、経済は一流だが政治は三流など、政府どころか社会の隅々まで驕り高ぶりがあった。

 

 この驕り高ぶりが原因で近い将来に日本は悪くなると率直に思ったら、早々とそうなったのであう。以来30年間、平成の間はずっと長期閉塞と呼ばれる時代が続いた。そして元号が令和に変わると、特に意味もなく日本はまた良くなるという声が囁かれ始めた。

 

 最近、この願望は脆くも崩れた。東日本大震災津波で滅茶苦茶になった東北や関東が、先日の台風19号で再び多くの河川が決壊して水浸しになった。西日本とて阪神大震災と昨年の大型台風の被害に遭った。いや、九州も四国も全国どこだって被災地である。

 

 これら自然災害も国や地方の借金財政で再建もままならない。50万人以上の中高年ニートや止まらない少子化、良いものなんてほとんどないかのように見える。

 

 それでも今度は、皆が良くならないと思っている逆を張りたい。論拠となる円環史観もあるにはあるが、それよりも被災地のことを思って新天皇の即位パレードを取りやめたり、教師間の虐め問題に全国から非難の声が上がったり、韓国の暴挙に毅然と対応する姿勢をパブリックコメントのほとんどが評価したりと、良いタネは散見される。これらを失わない限り、良くなっていくと思う。

 

 

昭和と平成の流れから令和を考える

  令和はどんな時代になるのか? 池上彰山本七平の話から導き出した結論がある。

 

1、平成の30年間を池上彰がテレビ番組で解説したところによると、大きな事件や事故が起こっては再発を防ごうと制度を大きく変えることの繰り返しだったという。

 

2、昭和については、ベストセラー「日本人とユダヤ人」の著者、山本七平が15年ごとに変わってきたとまとめた。

 

・昭和5~20年は戦争の時代

・昭和20~35年は戦後復興の時代

・昭和35~50年は高度成長の時代

・昭和50~64年は低成長の時代

 

3、ここから更に2つの話を加えた。

 

「次の15年がどんな時代になるかは前の15年の間に準備されているが、誰もが分からず今の15年がずっと続くと思い込んでいるが、後になって振り返ると大きく変わったことに気付く」

 

「人間に例えると、戦後復興の15年を少年期、高度成長の15年を青年期、低成長の15年を壮年期に例えられるから、次は老年期になるだろう」

 

4、平成を知らず山本氏は故人となったが、池上氏がまとめた30年、つまり15年の倍数は、まさしく老人が大病や怪我を患っては治療を繰り返す様に似ている。このまま長生きしてほしい中、突如平成天皇は息子に代を譲ると発表した。

 

5、誰もが平成の延長で令和を見ている。確かに、戦争中はこのまま戦争が続くと思っていたら敗戦を迎え次の15年を迎えた。ずっと焦土の焼け野原が続くと思っていたら次は高度成長の15年がきた。ずっと好景気が続くと思っていたら次は低成長の15年になった。低成長ながらも安定し続けると思っていたら、平成の長いデフレ30年になった。このまま後期高齢者のような時代が続くと思っていたら、令和になってそうではなくなる。

 

6、来年は東京オリンピック。無事に迎えれば取り敢えず盛り上がる。そしてオリンピック後の反動を心配する声があるが、その後は大阪万博がある。一方で台風や大地震など自然災害も油断できない。そしてますます進む少子高齢化や借金財政。

 

7、平成のような再発防止、言い換えれば対症療法ではなくなると令和は考えられる。対症療法をしようにも、高齢者過ぎて治癒力や基礎体力がないのである。ではどうするのか? 前にもそんな時代はなかったのか?

 

8、例えばヨーロッパの歴史で、長い中世が晩期を迎えた頃、コペルニクスガリレオニュートンなどの科学者が輩出している中で、伝統的なキリスト教側は「地球が宇宙の中心」、「神が人間を自分に似せて作った」と言い続けても説得力を失っていった。やがて科学とは折り合いをつけつつ、権威を保とうと対症療法的な繰り返しを行っていったが、その様子に似ている。一方で近代ヨーロッパは、宗教ではなく哲学から経済学や社会学政治学などへ広げ、具体的な近代社会をつくっていった。

 

9、日本は江戸幕府の対症療法的な改革の繰り返しに見切りをつけ、明治維新でヨーロッパの文化や文明を受け入れて近代化に成功した。

 

10、現代は、旧来の枠組みに収まらないものが非常に多いにも関わらず実は誤魔化し続けている。分かりやすいのは1995年に登場したウィンドウズ95以来のネット社会やスマホ文化だが、我々が習っている教科書や大学のテキストに出てくる哲学者はデリダで止まったままであり、1995年より前のものである。今やアフリカを含めた世界の隅々にまでスマホが広がり、動画で日本のことも知られていることを前提とした新大系はまだ現れてなく、旧大系の部分修正を繰り返すだけである。

 

11、旧大系を対症療法しながら維持する心理も分からなくもないが、徐々に新大系は姿を現しつつある。最近の例で言えば神戸の東須磨小学校の事案だが、教師数人による同僚教師への暴行や傷害を行うことがいかにリスクを読んでいない愚かなことか、動画に記録したことが証拠となってやがて自分達に返ってくる危険性をなぜ知らなかったかが嘲笑の的になっている。

 

12、同様に韓国の文一派も根拠のない徴用工問題を前面に出して日本からカネを引き出せないどころか世界に恥を晒し、やるべき経済政策をさぼって退陣間際なのもリスクを読めていなかった。

 

13、芸能界でも人気者がたった一言の失言で終わったりする。

 

14、立派な肩書きをもった学者の発言がヤフーに載ると、肩書きも実名も不明だがもっと高度な考え方をもった人によるコメントで否定されて恥をかく。否定のされ方は漫画「北斗の拳」で例えると、弱点の秘孔(矛盾)を突いて爆死させる北斗神拳型や、あれもダメ、これもダメとズタズタに切り裂く南斗聖拳型、強烈な圧で消滅させる元斗皇拳型などがある。やられる側もこの漫画のような雑魚(ザコ)に近い。国益よりも中益や韓益を優先するような東大教授や良識派と呼ばれる知識人など。

 

15、新聞の社説や解説よりも、ネットの上位意見を参考にする人が増えると、売れないので潰れ、代わりに注目度が高いものに価値がつく。

 

16、新しい価値が力をもつと、政治になり、ようやく変わっていく。つまり対症療法ではなくなる。代わりの人や物、方法などが中心になる。

 

 

 

無意識にアニメが政治化する

  現代心理学の創始者フロイトは、患者の話に耳を傾けて幼児期のトラウマを無意識から意識に引き上げることで治療した。弟子の1人ユングは、昔話や物語の世界も無意識に影響していると説いたが、ならばアニメの世界も同様なのではないだろうか? いわばアニメ精神分析である。

 

  中でも中高年男性が若い頃に大人気だった「機動戦士ガンダム」は、極めて大勢の人々の無意識に潜在し、集合無意識となって現代社会や政治に善かれ悪しかれ深く関係している。

 

  その1つの現れが前回述べた日韓摩擦とガンダムの関係なのだが、これを無意識から意識に引き上げて相対化しないままであれば、遠からず韓国はジオン公国と同じ末路を歩むことになると思う。

 

    今回は、ユング心理学の柱の1つ、性格分析でガンダムの主要キャラクターを考えてみたい。

 

  まず2つの傾向、内向性と外向性だが、主人公のアムロは誰もが同意する通り内向的である。ただ機械関係になるとマグネットコーティングの時にエンジニアと楽しく専門的な会話をしていた通り外向感覚型で、戦闘時はその真裏の内向直観型、このアニメでいうところのニュータイプになる。

 

  後半の重要人物、ララァも同じ内向直観型で、だからこそアムロとは同種で惹かれあった。アムロの永遠のライバル、シャアは軍の高官でもあり、ララァのパートナーでもあることから、真裏の外向感覚型。ホワイトベースの若き艦長ブライトは、次作でシャアと共闘する通り外向感覚型である。

 

  ユング心理学では女性のほとんどは感情型とするが、兄シャアとのことを隠し続けるセイラは内向感情型で、戦闘時は真裏の外向思考型となってオペレーターやパイロットととして活躍する。セイラとは表面上合わないカイは普段は外向思考型で現実的な批判や愚痴が多いが、ミハルとの悲恋の際は表には出せない内向感情型となった。

 

  ハヤトも男性らしく思考型だが、アムロへのライバル意識に僻む内向思考型で、戦後は真裏にあたる外向感情型のフラウボゥと結婚した。

 

  ここで前回同様、日韓摩擦の話に移ると、韓国自体は論理的思考(外向思考)ができない感情的な国と言われているが、文在寅はそんなに感情的にはなっておらず、かといってよく考えている訳でもないので感情か思考かという軸には当たらない。外向か内向かといえば「ぼっち飯」が好きなので内向である。そして直観か感覚かといえば、選挙戦術的には外向感覚型で勝ったものの、真裏に潜む内向直観型で、積弊精算を行い、有能な役人や保守派を一掃したのだろう。この意味では地球連邦を否定したジオンに近いし、総帥ギレンがヒトラーの尻尾と言われた通りナチスにも通じる。メインサイトの大系では哲学者ニーチェからナチスに至るところもよく分かるが、どこかで終息させなければ暴走による被害は拡大する。

 

  地球に対するスペースノイドの特殊性から実存主義同様にジオンが独立戦争を起こしたように、文在寅朝鮮民族を特別視して南北統一を掲げ、南北分断を支える韓国の財閥系企業を敵視し、さらには財閥を支援する日本を敵視した。

 

  そこからスタートして、慰安婦像を真似た徴用工像(ザク)の量産、当初は遺憾しか言わない日本への優越感などで知らず知らずガンダムに近づき、やがて「ホワイト」、「3」、「G」などのキーワードで逆転されると、これもガンダムに重なった。ソーラパネル兵器のようなボードを並べた不買運動、あまり効いてないのに効いたかのようなギレンのアジ演説「もはや形骸である」「あえて言おう、カスである」なども今の韓国と同じになった。

 

  だからこそ今後はガンダムの終盤と同様になるとやはり思う。すでに先日、左派だけが得意としたデモ戦術のはずが、まさかの保守派による大規模な文在寅弾劾デモが実現し、さながらガンダムでの最終宇宙戦争のようだった。

 

  最終回のキーワード、ジオン内部の内輪揉めや脱出などにまったく違和感はない。日本としてはガンダムとの符合をもし知ったなら、終戦協定にあたるものを用意しておいた方がよい。

 

 

日韓摩擦は何故ガンダムになるのか?


 連日ネットを賑わす韓国関連のニュースだが、先日ある閃きをヤフコメに載せたところ好評だったので、ここにその補足的な考察を書く。まずは記事について。

 

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 このブログの初期にはよく「歴史の繰り返し」説を紹介していた。なぜ歴史は繰り返すのか? ユング心理学的な説明だと深層意識のせいになるが、前の基になる段階の状況がまずあり、過去に似たような流れがあると、知らず知らず次段階の選択が過去に似たような展開になると考える。この話を応用すると、日韓問題は「機動戦士ガンダム」のストーリーが両国の中年世代の深層意識に潜在しているからとなる。

 

 つまり、ガンダムで有名な「地球の重力に魂を引かれるな」というスペースノイドのセリフが、韓国では親日を糾弾する時に使われ(日本でも東京の女性と結婚した大阪出身の芸能人を関西人が非難する時に使う)、文在寅が大統領選挙で「南北統一」を叫んだ時、これは朝鮮民族の東西冷戦体制からの独立とイコールになったのである。

 

 そこから韓国はガンダムのジオン独立戦争の展開に近づいていく。慰安婦像や徴用工像の大量生産は、当事者たちの意図は別にあれど、潜在意識ではジオンの量産型ザクに重なり、あの地味な色、弱々しさ、数による圧倒などが妙に符合することになる。

 

 その基段階の次段階の選択として日本は、連邦軍の極秘作戦、ホワイト、3という数字を知らず知らず選び、7月の反撃という形になった。G ソミアという名称も、GアーマーやGスカイ、Gブルなどに近過ぎる偶然だが、非常に印象強いものになった。

 

 そして不買運動のボードとソーラパネルの一致だが、これも補足すると旭日旗への韓国人の妙なこだわりが、ガンダムでのソーラ攻撃の応酬と重なる。「あれは、憎しみの光だ」と。

 

 最後に10月を1年戦争の最終月と予想した件だが、これはまだ分からない。レーダー照射はもう少し後だったし、ホワイト除外が7月だったのを考えると、11月から12月にかけてかもしれない。ただガンダムの話は52話の予定が視聴率が振るわず43話で終わったので、1年戦争といえどもう少し短い可能性もある。

 

 いずれにせよ、出し尽くした感のある文政権にもはや使えるカードはないと言われ、サムスン他財閥企業も青息吐息、高純度フッ化水素もまだなく、ウォン暴落も近い。裕福な層や有能な若者はすでに海外へ脱出し、ネットには「韓国は滅びるのですか?」と書かれる始末。世界からも出場を棄権しただけの世界的プレーヤー、クリロナへの執拗な中傷や中国サッカー大会で優勝カップを踏みつけたり、東京五輪への科学的根拠に乏しい放射能攻撃など異常性が広く知れ渡ってしまった。

 

 大逆転の芽はないと思われ、親韓的だった新聞や学者も見放し始めた。ジオン公国の場合は、連邦と早期に和睦しようとした父デギンを息子ギレンが殺し、それを妹のキシリアが父殺しの大義名分から殺し、ザビ家の血統を残すためと言って自分だけ脱出しようとすると、シャアが自ら大砲で殺すというゴタゴタぶりだった。

 

 もし韓国政府の潜在意識にそれが残っていれば、予想される今後の展開は、夏に少し折れかけたようにムン大統領が通貨スワップなどが関連して水面下で日米に降ろうとし、それを知った強情な側近がこの話をある形で流れさせてムン失脚、そこへキシリアならぬ康京和がムンの弔い合戦の旗を挙げるも失敗、という感じになる。

 

 ただ上記ガンダムの話を日韓両国がよく知って、意識の方へ上げて潜在意識ではないようにすれば、この展開もなくなる。

 

組織は腐る?

 組織の全てが悪いわけではない。良い組織、あるいは良い組織のトップとは、末端の構成員の困っていることを助けてくれるようにできている。前の悪いトップと代わって今度のトップは良いと言われる場合はそうだ。

 

 しかし、良いトップには良い幹部や側近が必要なはずが、悪い幹部や側近には当然悪いトップの方が良く、良いトップは困る。

 

 なぜなら悪い幹部や側近は立場上賄賂を受け取ったり汚れ役を担うことが多く、清廉潔白なトップとは合わないからである。もし良いトップが厳しく口出しが多いと、悪い幹部や側近は排除に動くこともある。

 

 ただ、悪いトップと悪い幹部のままでは、組織の末端はやってられない。ブラックな職場を理由に退職したり、居続けても好き勝手なことをやったりする。

 

 理想なのは、良い組織と良い現場なのだが、政治の世界では腐敗防止のために定期的な選挙がいちおうある。また役人にも民間より厳しいルールがある。選挙が機能していない国、検索すればすぐ分かるがロシアや中国などは腐敗が深刻な問題になっている。

 

 日本でも依然ブラック企業の問題は大きい。賄賂や不正にも頭は使っているが、良いアイデアを絞り出す大脳新皮質の部分ではなく、むしろ欲や見栄に関わる部分の方であり、人間など高等的な動物ではなく、下等な生き物に近くなる。深海魚のようなブラック企業もある。大きな口、鋭い歯、小さな目、小さな脳、アンバランスな形。

 

 まだ調べ方が甘いのかもしれないが、これはという組織、人物、思想、知恵、教養にいまだ出会わない。真逆のものの方が多い。もう少し時間が必要なのかもしれない。腐敗と反乱、鎮圧の失敗、混乱の拡大、そんな中から何か出てくるのだろう。何も出て来ないかもしれないが、身体でもばい菌と白血球との戦いがあり、人は栄養をとり、消毒をする。

 

 

旧弊打破の功罪

  今年の大河ドラマ「いだてん」には様々な“反対派”が登場する。初期にはスポーツの普及そのものに反対する人、次にオリンピック参加に反対する人、そして女子スポーツの普及に反対する人、さらに日本でオリンピックを開催することに反対する人。彼ら反対派にも言い分はあり、日本人にはまだ早い、体格が違いすぎる、女子には子を産み育てる役割がある、等。しかし結局は反対派は敗れ、嘉納治五郎田畑政治が勝っていくという筋書きである。

 

  ここまではメインサイトに今日書いた話で、続きはここに書く。

 

  新しい取り組みに反対する人々は旧来の伝統に基づいた思考で出る杭を潰そうとする。実際、潰された杭は数多い。「いだてん」の場合、欧米の先行例を追う形なので潰されにくく、また試合での勝利や熱狂の後押し、嘉納治五郎そのものがレジェンドだったりと条件が良い。

 

  一方、現代日本はという話に移る前に話題の韓国を書く。あちらも旧弊打破を題目に財閥副会長を逮捕したり保守派を粛正したり、親日派を一掃したりといろいろ聞くが、代替するものがしっかりしていない。財閥に代わる何か、左遷した役人に代わる誰か、親日に代わる親北としても具体的な政治ビジョンがない。

 

  韓国は感情的とよく聞くが、むしろ大脳新皮質による「もし~れば、~する」をフル活用しないので、GーSOMIAを破棄したり不買運動で自分の首を絞めたりする。将棋で言えば目の前の歩を取り合うだけのヘボ将棋になる。これらは以前の日本の野党政権も同じだ。韓国イコールヘボ将棋が真実なら、その結果は王将の孤立と詰みである。

 

  諸問題が解決しない原因を旧弊に求めること自体は間違っていないが、旧弊に代わる仕組みや人材について、大脳新皮質をフル活用して取り組むことを前提に、旧弊を改めていく。逆に言えば代替するものがなければ安直に旧弊を破壊してはならない。